野菜や果物には、免疫力を高める成分、活性酸素やフリーラジカルの害を防ぐ成分、発がん物質を不活性化する成分、がん細胞の増殖を抑える効果をもつ成分などが多く見つかっており、これらの成分を多く摂取することががんの発生や再発の予防に役立つと考えられています。植物に含まれるこのような薬効成分をファイト・ケミカル(phyto-chemical)と呼んでいます。Phytoは植物、chemicalは化学を意味する言葉で、したがって、ファイトケミカルとは植物に含まれる化学成分を意味しています。

生の野菜を支持する意見の根拠となっているのは、加熱することによってビタミンCなど一部の成分が壊れるという意見です。しかし、ビタミンCが熱により失活すると言う意見は、純粋なビタミンCの結晶標品の蒸留水溶液で実験した場合の話であって、野菜などに含まれる他の抗酸化能のあるフェノール性化合物の共存下では状況は全く異なると、前田教授は言っています。
また、野菜を熱水で加熱した場合、水溶性のビタミンが溶出して損失してしまうというのは、煮汁(スープ)を捨てた場合であり、スープを摂る場合には、水溶性ビタミンの損失はほとんど問題になりません。むしろ、加熱してスープにする方が、野菜に含まれる薬効成分を多く摂取できるということです。
植物の細胞は硬い細胞壁で囲まれています。植物の細胞壁はいくつかの繊維成分からなっており、その主要成分であるセルロースを消化する酵素セルラーゼを人間は持っていません。
草食性の動物は、消化管の中にセルロースを分解する微生物を棲まわせていて、胃や盲腸で発酵を行っているため、生の植物を摂取しても、その細胞の中から有効成分を体内に取り入れることができます。
ヒトは硬い繊維質を十分に発酵させるほどには大腸は長くはなく、セルラーゼを産生する腸内微生物を棲まわせていないため、多くの植物を生のまま食べたのでは、細胞内の成分はそう容易には溶け出しません。良く噛む程度では硬い細胞壁を壊して内容成分を溶け出すことは十分にはできません。
検便で糞便の検体を顕微鏡で検査すると、生野菜はほとんど生の野菜の状態のまま排泄さえると言われています。
つまり、野菜に含まれる抗酸化やがん予防効果をもつ薬効成分(フィトケミカル)の多くは、生の野菜を食べた場合にはほとんど体内に吸収されないということになります。
野菜を水に入れて加熱すると、野菜の細胞壁を構成しているヘミセルロースやペクチンが溶け出し、さらに、細胞内のガスの膨張による細胞壁の破壊などの作用も組み合わさって細胞壁の破壊が起こります。熱によって植物の細胞壁が壊され有効成分が抽出されて、生体に利用可能(available)なバイオアベイラブル(bioavailable)な状態になるのです。
複数の研究で、トマトは加熱した方がリコピン(カロテノイドの一種)やナリンゲニン(フラボノイドの一種)やクロロゲン酸(フェノール類)などの薬効成分の体内吸収が高まることが知られています。
野菜の煮汁(スープ)には、抗酸化能で言えば、生野菜と比べて数倍から100倍以上も有効成分が溶け出していると、前田教授らは報告しています。
ミキサーで粉砕してジュースにすれば、細胞壁は破壊されて植物に含まれる成分のバイオアベイラビリティ(bioavailability, 生体利用性)が高まります。
しかし、無農薬や減農薬の生野菜であれば、付着している寄生虫の卵や病原性大腸菌のような病原菌も心配です。抗がん剤などのがん治療によって白血球や好中球が減少すると感染症にかかりやすくなります。抗がん剤は免疫応答を障害するので、抗がん剤治療などで免疫力が低下している時は、生の野菜や果物は、それに含まれる細菌によって胃腸炎などの感染症を引き起こす危険性を高める可能性があります。
したがって、無農薬、減農薬野菜の場合は、特に、加熱した野菜スープでの摂取が好ましいと言えます。
スープ以外の調理法としては、電子レンジや蒸気での調理法が野菜の栄養成分を保持する方法として最善です。