第4原則のところと、つながるとこだよねグッ

さっそく引用

「正しさ」など存在しないのだと、観念したとき、ひとは、生きかたの選択をせまられます。
ひとの権威やものさしに、頼ることができなくなりますから。自分で考えて、自分で決めて、自分で選ぶことになります。

ガッコのテストは、正解があるぶん、ラクなんよね。ゴールがはっきりしてるっていうか。


わたしは、じぶんがどっちの道で生きるか、こわくてなかなか選べなかったとき、心底、だれか教えてほしい、て切々と思って、いつのまにか「正解」を探しまわっていたことがある。

どっちをえらんだら、幸せになるのか、
うまくいくのか。


そんなこと、だれにもわかるわきゃない。死んだってわからん。

そして、「正解」なんてものは、ない。

てわかってるのにね。

苦しさから逃れたいばかりに、「正解」を探しまわる。
「正解」を探している最中は、ある意味、思考停止になるし、
先に進まない理由になる。


で、まぁ最初からわかっていたことだけど、「正解」はないし、やってみなけりゃそれがじぶんにとっていいものなのかわかりゃしないんだし

と、観念して

今にいたるグラサン

むむ。
小心モノだなぁ、あたしゃキョロキョロ



正解がない
てことは

じぶんがやりたいかやりたくないか
楽しいか楽しくないか

ていうじぶん軸で決めればよいってことだよね。

そしてそれに正解不正解というジャッジは、ない。