「いよいよだな」

松山空港に1人の男が降り立った。

彼の名は上西郷太。

天真爛漫の31歳である。


東京を離れ、遠い愛媛の地までやってきた。

上西の身体全身からやる気がみなぎっていた。

それもそのはず、坊っちゃん劇場第17作『KANO1931 甲子園まで2000キロ』に出演するのだ。


坊っちゃん劇場『KANO』




4年前、『瀬戸内工進曲』という作品を愛媛で観劇してからというもの、いつか立ってみたい劇場の一つとなった坊っちゃん劇場。

大変重要な役を頂けたという興奮と、果たして自分に務まるのだろうかという不安がミルクコーヒーのように混ざりあっていた。

これから自分の200%の力を尽くし、全力で稽古にぶつかっていこうと思う。



さて少し時を飛ばそう。

稽古が始まり、1週間ほど時間が経った頃だ。




上西は髪を刈られていた。

東京から直線距離にして660キロ離れたこの土地で、今まさに髪を刈られようとしていた。

KAMI〜坊主になるまで660キロ』の幕開けだ。


野球部経験もなく、大きな謝罪も特別したことがない上西にとっては、生まれて初めての坊主だった。

みんなに見守られながらの断髪式。

後退を始めた我が生え際様に祈りを唱え、どうか似合いますようにと願いを込めた。

上西が演じるラチャイという役を1年間務められた金ちゃん(近藤貴郁さん)が直々に髪を刈ってくれた。

髪が無くなるのは寂しいが、これもラチャイに近づくため。

「また逢おう」と再会の約束をして、上西は髪を失った。



坊主姿になった上西を、すでに坊主となった林明訓役の若林佑太が見つめていた。

若ちゃん、お互いケガなき一年にしような。


さて約3週間の奮闘の末、何とか初日の幕があいた。既に1年公演されていて、ファンの方に愛されている『KANO』を引き継ぐのは大変なプレッシャーだったが、その分初日のカーテンコールでお客様に拍手を頂いたときの達成感は感慨深いものであった。



公演初日から約1ヶ月が過ぎ、毎公演ヘロヘロになりながらも心身共に充実した日々を送れている今日この頃である。


オフの日に洗濯物を取り込もうとベランダに出た上西は、あるものたちと再会を果たした。

無論、再会を約束した髪ではない。


「よ、元気にしてたか?」

「久しぶりじゃーん」

「意外と坊主似合ってんじゃん」


以前東北秋田の地で散々上西を苦しめた奴らが、ベランダの網戸で楽しそうに日向ぼっこをしていた。


固い甲羅に身を包み、悪臭を放てる上に飛行能力まであるその万能昆虫たちと目があった上西は膝から崩れ落ちた。


あれだけ苦しい思いをしたのに、またこいつらとの闘いが始まるというのか。




KAME〜不快感まで0キロ』、今始まる!!!