俺のそばにいて欲しいと、言いたい。
君のことを好きだと、言いたい。
君のことを愛していると言いたい。
同じ気持ちで、いてくれたら良いのに。
かすかな風が淡い水色のカーテンを揺らす。
朝が来た。
何度目の朝なのか、僕には分からない。
「おはようございます、ジニョンさん」
綺麗な看護婦さんが、笑って僕に挨拶をした。
「おはようございます」
愛想よく挨拶を返したあと、僕は隣に置いてあるリュックのチャックを開けた。
中には妙に膨らんだ白い封筒が。
「いつもジニョンくんは朝起きるとリュックを開けるよね」
看護婦さんはふふっと笑った。
それに笑い返してみるものの、僕は「いつも」なんてもの知らない。
手にとった白い封筒を開けてみると中には小さなチョコレート。誰が入れてくれたのだろうか。
首を傾げてチョコを凝視していた僕に、看護婦さんはクスッと笑って
「また、来たみたいですね?」
と言う。また、なんて言われても僕にはわからないのに。
「誰がですか?」
問いかけてみると、ふふっとだけ笑って、答えてくれない看護婦さん。
モヤモヤする気持ちをどうにもできないまま、僕は目の前のテレビをつけた。
どのチャンネルにしても、面白いものは何もない。握ったままでいたチョコレート。溶けるかもしれない、僕は透明なフィルムを開けてポイッと口にそのチョコを放り込んだ。
すぐに広がっていく強烈な甘み。チョコってこんなに甘いものだったっけ?しかし、飲み込むと広がっていく苦味。
感じたことのないような味だった。
寝たきりで過ごすのは何日目なのだろうか。
それすらもう僕にはわからない。
誰かとの繋がりはどこにもないのに、腕には常に繋がれている管。
ベットテーブルの上に置かれたスマートフォン。どんなアプリをタップしても、ない。
何もする気が無くなって、目を腕で覆ったまま眠りにつく。近づいてくる足音。目を開けるとそこには知らない男性が。
「どなたですか?」
「あぁ、僕はジェボムといいます。」
サラサラの黒髪に切れ長の目。黒のスーツを着て、ネクタイもきちんと締めているのに、ピアス穴が無数に開いている。
「どういった用で?」
問うと、ジェボムという男性は少し困ったように笑った。
「ただジニョンと話したかっただけだよ」
急にタメ口になった。でも、見るからに彼は僕より年上に見える。僕たちはどんな関係なんだろうか。
「僕とあなたは」
「俺はジェボムだよ。あなた、じゃなくて。」
遮るように放たれた言葉。かなり強引な言葉だ。そこまでして名前を呼ばせたいのだろうか。
頬にそっと触れた冷たい指。
ゾクッとして顔が強張る。
すると、やっぱり今さっきのように困ったような笑顔を浮かべて「ごめん」と言う。
「俺たちの関係が知りたいんだよね?」
「はい」
「ただの友達だよ。」
また、やるせない笑顔を浮かべる。
「楽に話してよ」
「は、はい…」
ジェボムという男の人は、それから僕が話さなくてもいろいろな話を聞かせてくれた。
どうせ退屈な1日だったであろうから、それは少しありがたくもあった。
いろいろな話をしていくうちに、僕は何故か本当にジェボムと友達だったような感覚に陥った。きっとそうなのだろう。
折角持っているスマートフォン。何も使わないよりかは使ったほうが特に決まっている。
そっとスマートフォンを手に取ると、ジェボムはそれがわかっていたかのように自分のスマートフォンを手に取り、スムーズに連絡先を交換してくれた。
ガチャリ。
あぁ、おなじみのこの音だ。
気づけば病室はオレンジに染まっていた。
「ジニョンくん、診断の時間だよ」
マーク先生が部屋に入ってきた。それとともに、立ち上がるジェボム。
「じゃあ俺はそろそろ」
また来てくれるのだろうか、少し期待してしまう自分がいた。
「大丈夫、また来るよ」
察したのか、何も話していないのに答えるジェボム。彼はテーブルベットに小さなチョコレートを置いた。
「ありがとう」
その言葉を聞くや否や、満面の笑みを浮かべ、ジェボムは病室を出て行った。
マーク先生は部屋の鍵を閉めると、ニッコリと笑った。途端に背筋が凍る。
「今日も良い子にしてた?」
優しい口調で、優しく僕の頭を撫でる。
「診察始めなきゃ。さ、脱いで」
マーク先生は僕の病衣をはだけさせると、聴診器を耳にかけて心臓の音を確かめた。
こうやって間近で先生の顔を見ると、本当に彫刻のように整っているなぁ、と思う。
「よくできました」
ニヒルな笑顔を浮かべ、首筋を甘噛みされた。犬歯が少し食い込んで、小さな痛みを与える。
少し顔を歪めると、先生は言う。
「悪い子だなぁ」
僕と先生との関係は、よくわからない。
それだけ言うと、先生は帰っていく。
「ちゃんと寝るんだよ」
鍵を開けると、部屋を出て行くマーク先生。
残された、僕。
1人になると思う。本当は僕の周りには誰もいないのではないのだろうかと。
ろくに人との繋がりも持つことができない僕にとって、マーク先生は唯一の大切な存在だった。
ふと思う。そうだ、ジェボムに何かスマートフォンでメッセージを送ろう。手にとってみるが、なんと打ったらいいのかわからない。
ジェボムからもらったチョコレートを食べる。どこかで食べた味がした。
チョコレートを食べた感想でも送るかな。
文字を打ちだした瞬間、突如襲ってくる眠気。
結局僕は眠気に負けた。
「ジェボム…」
うなされながら呟くコトバ。
「この……」
「チョ……」
「お……しい」
「……好きだよ」
目をさますことができたら、いいのに。
君のことを、好きだと言いたい。
愛していると言いたい。
全て思い出せたら、ちゃんと言えるのかな。
end