様々な宗教もあり 聞かされる 受け継がれる教え
無数存在する しかしこれらは 今となって どうなんだろう
昭和の時代 そういった類のものは なんの抵抗もなく
受け入れられたものだと思う
時代が進むにつれて それらの多くは
「おや? あれ?」 違和感を覚えるようになってきた
時間の経過とともに 情報があふれてきたせいもあるのだろうか
全くそぐわない気もしてきたな
特に歴史なんか聞いていると 全てとは言わないが
嘘くさく感じるよね
見たわけでもないのに そうだったかのように言う
今のマスコミの報道を見ていると感じるのは
本当に今までの歴史は 相当数 嘘じゃないと疑ってしまう
人間には そういう性質があるのだろう
小さいころから歴史については 疑ってかかっていた
当時のことなど わかるはずもないと思う
状況 その人の思いなど その一瞬は その時しかわからないはず
さも その人になったかのように伝わっている
やっぱおかしい
宗教も 時間ともに 解釈も変わってくるはずだ
いつまでもそれを信じ込んでいる方が
むしろ 不思議に思える
変わらないはずがない 人間も生活も
空気も太陽も 地球も宇宙も 変化しているのだから
いつまでも のその教えを唱えている 教えている方が
不自然だと思う
例えば ラーメン屋を見てみると
時間と共に 作る人によって 味は変わってくるはず
当時の元祖から 少しずつ変化していく
元祖は その当時に生まれた味
その人でなければ その味はないはず
違う人であれは近いが 何かが変化していく
元祖でないもの それ以外のものは
変化し違う想いになっていくと思う
キリストでも お釈迦さまでも
当時の時代考えのもであり
時代 人によって解釈も言い方も変わるもので
それに近いがそのものではないよな=
この一瞬は もう二度とないし
ましてや人間にかかわることほど
怪しい 疑わしいものはないと思う
教えからまなぶ 教え。 でした。
じゃねー-