分かってほしい気持ちが、強すぎた。
強すぎる。
それはもう、良くないことなのか。
いや、良くなくないのか。
強すぎる、弱すぎる。
何々が「すぎる」って言葉は、
だいたいバランスの話になる。
適度が一番好まれる。
たぶん、そうなんだと思う。
でも、
気持ちが強ければ強いほど、
それを相手に押し付けてしまう。
分かってほしいと思えば思うほど、
相手にとって「ちょうどいい重さ」で
伝えることができなくなる。
僕は、特にそうだ。
「分かってほしい」という気持ちは、
物事に対して向くこともあるし、
自分自身に向くこともある。
分かってほしい気持ちが強すぎると、
冷静に伝えることができなくなる。
たぶん、
強い気持ちを抑えられないからだ。
その結果、
言葉はどんどん強くなる。
熱量が上がる。
説明が増える。
感情が前に出る。
でもそれは、
逆に伝わらない方向に進んでいく。
昨日あった嫌なこと。
少し調子が悪いこと。
寝不足なこと。
そういう、
相手には見えない部分まで
全部分かってほしいと思ってしまう。
でも、
それは本当に相手が知りたいことなのか、
と言われると、分からない。
重いよね。
全部分かってほしいけど、
全部は多すぎる。
「ここだけ分かってくれればいいよ」
と要点をまとめられたら、
きっといい。
でも、
そんなにうまくできない。
僕には、
0か100しかない気がする。
48とか、
ちょっと下げるとか、
微調整ができれば、
すごくいい感じな気がするのに。
その機能は、
僕という人間には
最初から搭載されていなかったのかもしれない。
強い方がいい時も、確かにある。
強すぎるくらいが、
ちょうどいい場面もある。
それが評価されることもある。
でも、
100の出力を
ずっと続けることはできない。
どこかで、
必ずゼロに戻る。
問題は、
その下げ方が分からないことだ。
100を、
90、80、70…
と下げていけたらいいのに、
それができない。
だから、
いきなりゼロになる。
今まで100で来ていた人が、
急にゼロになる。
相手は、びっくりする。
あんなに分かってほしそうだったのに。
あんなに熱量があったのに。
そうなる。
だから僕は、
分かってほしい気持ちが強すぎるんだと思う。
そして、
その強さを
うまく弱められない。
強すぎることは、
あってもいい。
でも、
弱すぎると評価されにくい。
とはいえ、
ゼロでも回ることなら、
ずっと続けられる気もする。
だから、
100を出すくらいなら、
最初からゼロでいた方が楽なんじゃないか、
と思ってしまう。
分かってほしい気持ちが、強すぎる。
強すぎる方がいい時もある。
でも、
強すぎたな、と思った時に
少しだけ弱められたら、
それが一番いい。
ただ、
それができない。
だから僕は、
強すぎるか、
弱すぎるか。
中間を狙えない。
でも、
長い目で見れば、
平均すると50くらいになるのかもしれない。
そう思って、
とりあえず自分を納得させる。
反省しながら、
今日もそんなことを考えている。
