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水戸東照宮
の御朱印
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20211223/16/goshuin-ranjatai/eb/6b/j/o0793108015050396911.jpg?caw=800)
御祭神は、
徳川三百年の基礎を築いた
徳川家康公と
水戸初代藩主
徳川頼房公の二柱
境内には、
水戸天満宮と稲荷神社を配し、
家内安全、営業繁盛、交通安全、
学業成就、除災招福等に霊験あらたかで、
水戸市内をはじめ近郷近在の方々の
深い崇敬を受けています。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20211223/16/goshuin-ranjatai/5b/90/j/o1080060715050396917.jpg?caw=800)
黄金の鳥居⛩️
東日本大震災で倒壊した大鳥居を
平成三十年に再建⛩️
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20211223/16/goshuin-ranjatai/b4/64/j/o0607108015050396921.jpg?caw=800)
東
照
宮
の
社
号
標
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20211223/16/goshuin-ranjatai/6e/e7/j/o1080060715050396925.jpg?caw=800)
この鳥居の奥に見えるのが
水戸東照宮の社殿⛩️
見えている部分は唐門で、
数メートル歩くと、
その先に拝殿があり〼
御祭神
贈正一位 徳川家康公(東照公)
贈正二位 徳川頼房公(威公)
御由緒
水戸東照宮は
元和七年(1621)四月二十一日に
水戸初代藩主徳川頼房公が、
父徳川家康公の御霊を
この地に祀ったのがはじまり🧐
社殿をはじめ境内に諸建造物が完成当初は
神仏習合で仏祭だったが、
天保十四年(1843)第九代藩主斉昭公が
従来の仏祭を廃止、
神道による祭祀にあらためられた。
当時この地名は霊松山
といわれていたが、
元禄十二年(1699)第二代藩主光圀公によって
常葉山とあらためられた。
昭和十一年(1936)には
初代藩主頼房公が配祀され、
社殿は国宝重要文化財に指定されていたが、
昭和二十年八月二日の
太平洋戦争による空襲で
焼失してしまう。
その後、昭和三十七年七月二日に
社殿・境内整備が完了。
戦災復興五十年の節目の年に当たる
平成二十三年に社務所造営をしましたが、
同年三月十一日の東日本大震災により
社殿・社務所・境内が被災を受け、
復旧活動を続けています。
平成三十年(2018)四月に
大鳥居を再建し、
平成三十三年(2021)の四百年祭には
社殿・社務所・境内の復旧を
終了する予定となっています✨
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20211223/16/goshuin-ranjatai/21/34/j/o1080060715050396927.jpg?caw=800)
参道のすぐ右手に鎮座する
水戸天満宮です。
梅紋と朱色の鮮やかな社殿が美しい
東照宮の創建360周年を記念して
昭和58年(1983)に
九州の太宰府天満宮から
勧請された。
御祭神は菅原道真公、
学問の神様・書道の神様・農耕神
などとして知られています。