入院中のこと。
・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚結局、私は切迫早産の診断を受け妊娠31週から妊娠37週になるまでの約1か月と5日間24時間点滴をしながら、入院生活を送りました(※入院中の詳細を書きますが、私のかかっていた病院・先生の方針ですので、あくまで参考までにお読みください)入院生活は、まずMFICU(妊婦の集中治療室)で2週間。前のブログでも書いていた通り、点滴の副作用との戦いでした自分でも自分に起こる副作用が怖いのと、まだ2000グラムにもなっていない小さい赤ちゃん、できるなら早産じゃなくて、おなかのなかで育ててあげたい気持ち、部屋から出る体力も、もちろん先生の許可もなく、診察等で部屋から出るときは看護師さんと車いす。シャワーの許可もなく、ほとんどをベットの上で過ごしました37週まで退院の見込みのない毎日、一人ですごす時間の長さ、旦那さんと一緒にいたい、今日あったことを話しながら一緒にご飯を食べたい、一緒に出掛けたい、、そんなさみしさでいっぱいでした。でも、心配をかけたくなくて、面会の時間だけは頑張って笑ってドアが閉まったら涙があふれてきて、、いつも泣いてましたでもMFICUの看護師さんがとても優しく、不安やさみしい気持ちを側にいて聞いてくださったり、メンタル面もサポートしてもらってなんとか乗り切った2週間。私自身も体が点滴に慣れてきて副作用も安定してきたので、その後は、産科病棟に移って、2週間と5日。MFICUの時は、ルテオニン点滴濃度は、2A-20。産科病棟では、ルテオニン点滴濃度は2A-24。ずっと点滴と一緒。点滴は、衛生面で最長一週間で差し替え、あとは腕がはれてないか等をチェック。私はすぐに腕がはれてしまったので、何度差し換えたか、、、( T_T)この1か月と5日で腕は点滴の痕だらけになりました。今日で産後17日目ですが、まだ腕に痕が残ってます。でも今となっては、頑張った証と思っています(=^ェ^=)産科病棟では、シャワーは週2回。基本NST、超音波検査も週2回。張りがあればその都度NST。毎日10時ごろ、業者さんが部屋の掃除をしにきてくれる。週に1度、毎週木曜日にシーツ交換。大きい総合病院だったので、毎週水曜は産科の部長はじめ先生方全員での回診。ドラマでよくみるあれです。私はド緊張して毎回おなか張ってました笑病室は旦那様のやさしさで個室に入らせてもらい、(日額6,480円でした)産科病棟内であれば自分一人で歩いたり、面会に行ったりしても良い許可がでました( ゚Д゚ノノ☆パチパチパチパチできることが一気に増えて、うれしかったですひとつさみしかったのは、MFICUはやはり集中治療室なだけあって看護師さんが2時間ごとに点滴や体調の確認をしに来てくださるのですが産科は、午前10時と午後4時の2回。それ以外は看護師さん来ません。やはり、産科病棟は、お産前後の方が多いので看護師さんは常にばたばたしていたし、自分の時も同じように助けてもらいました。仕方ないですMFICUの看護師さんとは、たわいもない話をしていた分産科の病室では、面会がない日は、ほとんど話さない日もあって「なんでもいいから、とりあえず誰かとしゃべりたいいい。:゚(。ノω\。)゚・。 」という気持ちでいっぱいで、夜中に旦那さんに電話してもらったりしてました(*^▽^*)そんなこんなで産科病棟でも2週間が過ぎ、、、ついに入院生活1か月と5日間が終わり、翌日正期産に入るということで36週6日に、点滴をはずして、退院することになりました退院時、点滴を外した後の張り返しで、陣痛がはじまることもあるしいつお産になるかわかりませんと言われ、切迫早産で1か月以上入院していたのに早産で生まれそうな可能性をもちつつ、、、退院するのは不安もありましたが、、、、、、ずっと病院でひとりでいたので、何より帰れる喜びも大きくて、、(*^o^*)退院の手続きが終わりいざ、約1か月ぶりの外の空気、太陽、そして、私服を着るドキドキ、、わくわく、、と思っていましたが外、、、、、、激熱、、、、、一か月でこんなにも気温変わるのかそしてなにより、、、、歩けない、、、、、、、、そうだよね、当たり前だよね、一か月間ほとんど歩いてないもんね筋肉もそりゃあ衰えますよねもちろん入院前は妊娠8か月、退院時は臨月。体は重くなっているけれど、それ以上の体力のなさ。入院前は平気で歩いていた駐車場までの道も汗だく、息切れ笑旦那さんに支えてもらいながら時間をかけて車へ。嬉しいやら、情けないやらいろいろだったけど、無事退院し、家に帰ることができましたとりあえず、入院生活と退院まで。まとめ(実は、この日の夜から陣痛がはじまり、翌日の朝、病院へ出戻り出産となりました笑。また、改めてブログ書きます)ゆっかもさん。