江戸時代の浄厳和尚さまも
慈雲尊者も
いわゆる「四分律派」ですが
中国から戒律を伝えた
鑑真和尚の伝統が
日本においては
正統派なのです
弘法大師さまは
宝亀五年のお生まれ
と言うので
鑑真和尚がご遷化された
天平宝字七年から
わずか11年しか
経っていないのです
弘法大師さまが30歳で
唐に渡られたとして
40〜50年前に
正しい仏教の戒律を伝え
国法としては
四分律を授戒しなければ
正式な出家僧侶とは
認めてもらえなかったのです
鑑真授戒の弟子たちが
全盛期の時代です
もちろん
弘法大師さまも
四分律を受けて
四分律を行じたのです
お大師さまも
四分律の袈裟を身に纏い
四分律を学んだのです
僧伽にて師に従い起居して
威儀を学び
12年を経て
離師を許されて
独り立ちできるのだそうですが
後の真別所派の戒律では
一年ほどで簡単に離師が
許されるようになるのです
お大師さまの消息が消える
謎の10年間がありますが
お大師さまは
伝統に従って
比丘の威儀を学ばれたに
違いありません
お大師さまは
顕教の戒律をも興隆せよと
末徒に示されています
学すべき律儀を学ばず
破戒だの無戒だの言っても
仕方のないことです
日本の坊さんは
戒律の伝統も僧伽も無い
などと
無いものねだりをしても
意味のないことです
あらためて戒律を学べば
正しい仏教の戒律は
日本に伝統として
伝わっているのです
