耳の話 その19 国立時代(5) | 小迫良成の【歌ブログ】

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 この言葉を心の銘と刻み込み
 歌の世界に生きてきた
 或る音楽家の心の記憶

国立音楽大学の図書館が

大幅に改修されたのは

1年の時だったか2年の時だったか…

 

尚美受験科からの仲間で

国立の同期でもあったが

翌年藝大に受かった宮野麻紀さんと

改修後の図書館で会っている記憶があるので

おそらく1年の秋か冬だと思う。

 

改修される前の図書館では

視聴覚室のスペースも狭く

機材も古いものが多かったが、

改装後の視聴覚室は

広々としたスペースに

1クラス分の人数が全員座れるほど

テーブルが並べられており、

それぞれに最新式のレコードプレーヤーと

ヘッドホンが備えつけられているという

夢のような場所だった。

 

壁際には開架のレコードがずらりと並べられ

それを全て聴くだけでも

数か月はかかりそうなほどの量、

しかもそれはあくまで開架に過ぎず

閉架のものまで含めると

一体何枚が所蔵されているのか見当もつかない。

 

さすがは「東洋一」を誇るだけのことはあると

感心したものだった。

 

私はこの改修された図書館に入り浸り、

片っ端からオペラや歌曲、

またピアノ曲や管弦楽曲のLPを

聴きまくった。

 

勿論、それとは別に

毎週日曜朝の個人レッスンのため

西武線を乗り継いで江古田に出向く度、

池袋や高田馬場・神田お茶の水の

中古レコード屋巡りも欠かさない。

 

「日本人である自分が

 日本古来のものではない西洋音楽

 =クラシック音楽の世界に進むのに

 足りないものは何か、

 やるべきものは何か?」

 

・・・なあんて、

気取った考えなどは持ち合わせていない。

 

至極単純に

「自分の五体を使って

 クラシックの世界に殴り込みをかけるには

 どうすればよいか?

 どの道が最善手か?」

ということを探り当てるため、

とにもかくにも

耳を鍛えようとしていたのだと思う。

 

 

そうした中、

1年の夏だったか2年の夏だったか…

私のレッスンを担当した植松東先生から

福山の両親宛に一通の手紙が送られた。

 

その手紙によると

「あなた方の息子さんは

 声と歌の才はあるが

 身長が平均よりも低く小柄である。

 オペラ歌手になれないのが残念だ。」

といった主旨のことが書かれてあり、

母は夏休みで帰省した私にその手紙を見せ

「どういうつもりで先生は

 このような手紙を書いたのか、

 その意図がわからない」と、

親子で首をかしげたものだ。

 

おそらくは先生なりに

私の将来を心配してくれたのであろう。

 

そして、

それなりにソルフェージュの

成績がよかった私に対し、

当時ちょっとしたブームだった

コールユーブンゲンや

コンコーネなどの「レコード教材」で

模範演奏を吹き込むような、

そんな歌手になって欲しいという願いが

この奇妙な手紙になって表れたのであろう。

 

…実際、レッスンでも何度か

そうした事を言われていたしね…

 

ある意味、声楽教師としての

真摯さの表れなのかも知れないが、

この一件は私をして

国立音大から離れ

本気で東京藝大に進む決心をするに

十分な動機となった。

 

※写真は82年夏、植松門下生合宿でのスナップ。
 二列目中央に立つ紺のTシャツが私。

 前列右端が故・植松東先生。