今日も僕は、カフェでノートPCを開いて仕事を
している。
結構前からこんな感じで仕事をしている。
オフィスに行く時もあれば行かない時もある。
通勤ラッシュに合う時もあれば合わない時もある。
社長に怒られる時もあれば、褒められる時もある。
僕は別によくサイトで見かける
年収何億の起業家でもネットビジネスの有名人でもない。
世間的にはただのサラリーマン。
ただ、普通のサラリーマンではないと思う。
起業家ほどの責任はなく、サラリーマンほど時間や仕事に
拘束はない。
『サラリーマンなのに何一つ不満のない理想的なライフスタイル』
っていうのを毎日送っている。
毎日とても居心地がいい。
勿論、僕が努力をしてその生活を実現している。
僕が望んでいることだから。
でも、まだまだ自分は、
今の自分には納得いっていない。
もっともっと自分も幸せになりたいし、
大切な人を幸せにしたい。
僕は昔からいろんな人に助けられてここまできた。
間違いなく運がいいと思う。
僕のストーリーの始まりは、
とある関東の平凡な家庭からだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三人兄姉の末っ子として生まれた。
父親は某有名飲料メーカーの営業。
母親は飲食店でパートとして生活を支えてた。
兄は6歳年上なので僕が一緒に暮らしていたのは小学6年生
までで、僕が中学に上がる時に兄は大学に入学し、
一人暮らしを始めたので兄弟といっても僕が中学生の時から
は年に数回会うでけで、特別な思いでもなく仲が良かった
わけでもない。
むしろよく兄のパシリにされムカついたイメージの方が強いw
姉は3歳上で僕が大学に入学するまで一緒に住んでいたので
兄よりは仲が良かった。
兄と僕は成績は良かったが姉は中の上といった感じ。
3人兄姉の仲で僕が一番大人しいタイプだったが
断トツで僕が一番目立った存在だった。
それは、足が速かったので小学校の代表として
関東大会に出場したり、運動神経抜群でかわいかったので
学校の女の子にはチヤホヤされまくっていたから。
そんな僕は同級生の女の子達の一言がきっかけで
ジャニーズ事務所に入ることになった。
その一言とは
『ヒロト君はかっこいいんだからジャニーズ事務所に入ってよ』
その一言が僕の人生を平凡な人生から激変させたのだ。
僕は、小泉今日子に会える、松田聖子に会えるかも?くらいの
気持ちでアイドルを目指すことになった。
遊びたいさかりの小学生が日曜日は一日中レッスン三昧で
当時の仲間にはSMAPやTOKIOのメンバーも数人いた。
彼等とはよく一緒にローラースケートの練習をしていた。
僕も何度か出させていただいたが、ローラースケートが
上手くなると光ゲンジのバックでMステやコンサートで
光ゲンジと共演できたのだ。
一緒にレッスンしていた仲間達はいつか自分もデビューして
このステージで大勢のファンの前で歌って踊りたいとみんな
思っていたのだろうが僕だけは違っていた。
僕のジャニーズに入った動機は小泉今日子と松田聖子に会う
ためで別に大勢のファンの前でコンサートがしたいとか
有名人になりたいという野心がなかったからだ。
だからだろう、今毎日テレビに出ている当時の仲間達の目の色は
明らかに僕とは違っていた。
中学2年生にもなると人格が形成されてくるのでもともと
恥ずかしがり屋の僕には大勢の人前に立つのが苦痛に
なってきた。
精神的にも限界が訪れ、中学2年の冬に高校受験の勉強を理由に
ジャニーズ事務所を辞める決意をした。
中学3年生になり特に何もやりたい事は思いつかなかったが
とりあえず県内随一の進学校受験を目指し、塾に入り、
猛勉強の毎日だった。
もとから成績はそこそこ良かったが1年間の猛勉強の
おかげで地元でも1位2位を争う進学校へ合格することができた。
僕は結果的に志望校に合格し、両親は非常に喜んでいた。
僕も当然喜んでいた。
しかしそれは親用の笑顔。
僕にとってはよくわからないというのが本音の感情。
小学6年生の卒業文集に
将来の夢は?という項目があった。
僕は歌手と書いていた。
でもその夢は中学2年生の時に無くなっていた。
特に何になりたいという目標はなくなっていたが
とりあえず志望高校には入学する事ができた。
その高校は総理大臣も輩出しており、東大にも毎年
20人以上合格する超進学校で周りからは凄いねと
言われ気分は良かったが、僕には唯一コンプレックスが
あった。
それは自分の家がお金持ちではないという事。
貧乏でもなく貧しさを感じたことはなかったが
親は二人とも働いているし、子供ながらに
ゆとりがあるとは思っていなかった。
兄は一流大学、弟は地元で1位2位を争う超進学高校。
世間一般的には幸せな家庭だろう。
ただ親がどうしても無理をしている。
僕は子供ながらにそう思っていた。
兄は私立大学で仕送りもしている。
そんな中、自分の受験の為に塾を用意してくれた。
お金を用意してくれた。
夜食も作ってくれた。
一緒に夜まで起きてくれていた。
明日も仕事だというのに。
ジャニーズ事務所でレッスンに通っている時も
ものすごくお金を使ってくれた。
幼い僕にもそれは痛いほどわかっていた。
僕にとって
『金持ち』とは『お金が余っている』という感覚。
うちは金はそれなりに持っているけど
ヒロトのために『必死で作っている』という感じだった。
だからそれが僕にとって
妙にコンプレックスになっていた。
『絶対に金持ちになってやる!』
ヒロトの中でふつふつと湧いてきた感情。
ヒロトが初めてお金を意識したとき。
ヒロトが入った高校は県内NO.1の進学校。
やはり頭でいえば凄い連中ばかりだった。
とりあえず中学ではアタマを張っていた奴ばかりなので。(ヤンキーみないw)
高校1年から大学受験に向け勉強している周りに比べ、
ヒロトは3年間で学力を落としていった。
これに関してはヒロトにはちょっとした言い訳がある。
やはりIQというものは、遺伝もあるし、
頭の構造っていうのは絶対ある。
中学の時は周りからヒロトはそう思われていたかもしれないが、
本当にいるようだ。
授業を聞かなくても、猛勉強しなくても、
テストの点が良い人間というのは。
そういう連中に囲まれた中では、
ヒロトの学力っていうのはホント鼻くそのようだった。
だから、悔しかったのでヒロトは猛勉強をした。
それでも点が取れる時期はあったが、
学年が上がるにつれ、テスト範囲が膨大になると
自分の勉強法では周りに勝つことができなくなっっていた。
ただ唯一、
スポーツに関しては、ある程度の権威をキープできたいた。
正直、部活は何でも良かったのだが、サッカーが好きだったので
サッカー部に所属した。
2年からレギュラーになり、
3年の時にはキャプテンを務めた。
だから、なんとか学生生活を言い訳が作れ、
自分の中で充実した時間を過ごす事ができていた。
中でもキャプテンを務め、
チームをまとめる役割をしたのは、大きな経験となる。
目立ちたがり屋ではなかったが、
もともとリーダー的存在だったので
人に慕われることに慣れていた。
ヒロトの学校のサッカー部には、
監督やコーチが試合しか来なかった為、
練習メニューも学生主体だった。
つまり、キャプテンの負担が非常に大きかった。
そこで初めて
『組織』というものを知ることになる。
⇒第2話 『組織論の原点』へ続く
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