
雷門助六 癖百態
自分に癖はないないと思っていても(Ⅲ)
ここが人間のおもしろいところだと思いますが
癖や神経症は一見するとあまり良いことがなく
無くなっても平気なようなものなのですが
実際にはどちらも意味がないことにこそ意味があって
しかもそれらは人間が心や身体のバランスをとるために
非常に重要な役割をしているということです。
癖や神経症というものは人間には
必要不可欠な問題なのです。
しかし、そうはいっても
神経症は癖がひどくなって生活の邪魔になっている
状態をさしていると言っているわけですから
これは本人も周りも大変な状況になっているわけです。
やはり、なんとかしないといけません。
どうすればよいのか。
そうです、これまでのことから考えれば、
神経症を治療していくというためには、
そのもととなる心の傷や緊張を取り除いていくことが、
重要なことになるのがわかります。
原因がなくなり神経症が必要でなくなれば、
それからも開放されるわけです。
私たちはともすると神経症自体に目を奪われて、
こうしたことが考えられなくなっています。
いえ、もともと神経症は大元の心の傷や緊張から
目をそらすために生まれてきているのですから、
これは無理のないことなのです。
心の傷や緊張をやわらげるのは重要なことなのですが
そのやり方が少しまずかったというのが
神経症の成り立ちだと考える方がスッキリします。
神経症は特別な人がなる特別な病気ではありません。
誰でもがなってしまう可能性を持っていますし
現実に癖と言ってしまえば「無くて七癖」というのが
人間なのです。
「心の病が特別なことではないんだ」と言っている
理由がここにあります。
神経症はいたって人間らしい出来事の一つなのだと
私は思っています。
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