2月25日にオンラインで開催の「豊崎由美の書評道場」に提出した課題の書評を、以下に転載します。

 

たいへんうれしいことに、参加者からもっとも評価が高かった「書評王」に選んでいただきました。

ありがとうございます!

 

以下転載

 

山崎ナオコーラ「ミライの源氏物語」(淡交社)

 

 

 

 今さらですが、紫式部を主人公にしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が好評ですね。「源氏物語」には誰でも一度は触れた経験があるはず。けれどやっぱり「古文」は難解。何より、千年前の価値観や倫理観が現在とはあまりにも違いすぎます。とっつきにくい、っていうか理解不能。超絶イケメン光源氏の恋愛遍歴に、素直にウットリできない。「そんなのアリ?」とツッコんだり、ドン引きしてしまう。けれど偉いセンセーたちが「そういう時代だから」「名作だから」なんて言うし、しかたなく飲み込むしか……イヤやっぱムリ!という人も多いのでは?

 そんな私たちが今「源氏物語」を読む際に最高の伴走者になってくれるのが、山崎ナオコーラ『ミライの源氏物語』(淡交社)です。

 まずは目次を見て、びっくりするかも。各章のタイトルには「ルッキズム」「ロリコン」「マザコン」「ホモソーシャル」「貧困問題」「マウンティング」「性暴力」などなど……とても「源氏」に関する本とは思えない現代的なワードがズラーッと並んでいます。

 でも本書は難しい「源氏物語」研究書ではありません。今の目線から「不適切にもほどがある!」と断罪する本でもないし、逆に紫式部を「平安時代の進歩的な女性作家でスゴイ!」と持ち上げることもしません。

 著者の山崎さんは、とても読みやすい文章で各章のテーマについて、作中のヒロインを例に挙げて、新たな方向から光を当てます。千年後の読者である私たちに「源氏物語」への新しい向かい合い方を教えてくれます。

 例えば「性暴力」の章に登場する女三宮の物語には胸が痛くなります。まだ十代前半で光源氏の妻となった彼女は、夫の息子の友人、柏木から性暴力を受けます。以下、山崎さんによる現代語訳を少々長いけれど引用。

〈女三宮は、想像の範疇を超えた事件が起きたことに呆然として、とても現実のことだとは受け止められず、ただ胸がふさがる思いがして、悲しみに沈み込んでいく。(略)そうか、そんなふうに姿を観られたのがきっかけで今襲われたのか、と女三宮は悔しくてたまらない。(略)悲しく不安になり、子どものように泣き出した〉。まだ幼い彼女の感じたであろう苦痛、悲しみ、絶望。「源氏」にこんなにつらくて残酷な話があったなんて!

 女三宮だけじゃありません。「源氏」最後のヒロイン浮舟も性暴力被害者でしたが、二人とも「不義密通した二股女」と考えられてきました。ひどすぎませんか? 旧来の古典文学研究者は圧倒的に男性ばかり。オジサン目線だけで研究され、解釈されてきたんです。けれど今の私たちは古いオジサン史観からは自由。今まで見逃され、無視されてきたヒロインたちの思いに心を寄せるとき、新しい「読み」が生まれます。千年後のミライに生きる私たちにこそできる読み方でしょう。

 本書は「源氏物語」に限らない「読書」の可能性と喜びもまた教えてくれる好著です。

 

(想定媒体:男性向け週刊誌)