終わりがくるのを分かっていたとして | 寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

想いは誰にも見えないから、このようにブログにしてみたのです。
ダメな僕を朝日とやらが映し出す時まで

最初からこうなる事が決まってたみたいに

違うテンポで刻む鼓動を互いが聴いてる

どんな言葉を選んでもどこか嘘っぽいんだ

左脳に書いた手紙ぐちゃぐちゃに丸めて捨てる



Mr.Childrenの『しるし』

そういえばミスチルは『しるし』って曲の他に『Sign』という曲も歌っている。
関連性はあるのだろうか。
いずれにせよ、僕はこのブログでの冒頭陳述でミスチルの歌を多用し過ぎである。
ちなみに、好きなアーティストはレミオロメン。ミスチルも好きだけどね。あととぴさん。
最近だと、little glee monster の曲をよく聞く。




先週、リトグリのライブを千葉県で見てきた。
僕はすごく感動した。
リトグリって、歌っているだけじゃないんだなって思ったからだ。



彼女たちは全国から“歌うま少女”の称号を持って集まった存在だ。
そんな彼女たちは、歌さえ歌っていれば、何もしなくていいのだ。
誰かが作詞作曲した曲を歌い、バックバンドにプロの演奏家を携えて、あと適当にグッズっぽいグッズを売っていさえすればそれでいいのだ。

でもステージの上に立つ彼女たちは、なんかそのイメージとはかけ離れた存在に見えた。
歌はもちろんうまい。
当てるところに当てるし、そんじょそこらのアカペラサークルの人よりもビビッとくるハモリを聞かせてくる。

それだけじゃない。

彼女たちは、踊る。
フォーメーションを取る。
衣装替えもする。
そして、MCもきちんと喋る。(拙いながらも、言いたい事を言葉に出来ていた気がする)

ライブを見て感じた。
彼女たちは、相当な稽古を積んで努力してきたのだという事を。
高校生の頃から、お金をもらっている分、やるべき事をしっかりとやってきたのだろうと。
ものすごく感じ取った。

きっと彼女たちはステージの上では、自分たちが一番輝いている事を知っている。
彼女たちは、震災に遭ってライブに来られなかった人たちに向けて、こうメッセージを送った。



「私たちの、リトグリの歌を聴いて、励みにして行ってください。」


もう、私たちの歌を励みにしている人がいる事を確信している言葉だ。
決して自惚れているから言っているのではない。
自分たちの歌にはそれだけの力があり、それを届ける事の出来るライブを作り上げようとしていたのだ。
たくましい。そして、美しい。

一般ピーポーの僕は、そういうことを想像しただけで、
「ああ、自分も頑張らないとな。このままじゃいけないな。」
と思わされてしまう。



自分がいますべき事は何か。

明日、死ぬかもしれない。

終わりがくるのを分かっていたとして、何故なにも行動に示さないのか。

手に入れたいものはなに?

手放したくないものはどれ?

今までどうやってきたのだろう。

これからどうすればいいのだろう。













































どうすれば、いいかって?

そんなの最初から決まっていたじゃないか。












やるべき事は、常に目の前に転がっているんだ。

目の前にあるものから手をつけていかなければ、仕事なんて終わりゃしないんだ。

優先順位の低いものを後回しにすればいいんだ。

そして、自分の人生以上に優先順位の高いものなんて、決して存在しない。

家族よりも恋人よりも、
基本的には、一番大切なのは、自分なんだ。
自分が終わってしまったら、どうにもならないから。

ただ、そんな中で、自分と同じように大切だと思える存在に出会えたら、いい。



分からないけど、
あなたが、そうだといいな。