久しぶりになってしまった。

ここ最近、異常に忙しくてブログを書くという気力が湧かなかった。

身近な人が亡くなったり、病気になったりした。けれど悲しむ暇もないほどの忙しさ。

体調も崩してしまった。

とりあえず、無理は良くない。無理できるほど若くないんだなと実感した。


さて、夏休みだ。

忙しくてどこも行ってない。何もしてない。

先日、子供たちを連れて少し遠くまで買い物に行った。その帰りに海を見に行った。

裸足になって波打ち際ではしゃぐ末っ子ちゃんと上の子2人。

靴を履いたまま楽しくなさそうに砂浜をとぼとぼ歩く継子を見てると、私と継子は家族じゃないんだなと改めて感じる。

血のつながりがなくても、家族じゃなくても、楽しさや嬉しさを共有できる人はたくさんいるけど、あの子とは違いが大きすぎて感情を共有できない。

朝から晩まで自分の部屋でゲーム三昧の継子。

末っ子ちゃんが少しだけ貸して?とお願いしても貸さない。

それを夫に注意されると、ブチギレてゲームの画面を叩く。

ゲーム機は既に3回ほど壊れている。

新品が買える以上の金を使って修理したゲーム機。修理した後夫は「もう二度と乱暴に扱うなよ!もう二度と直さないからな!」と脅すけど、継子は結局腹が立つとゲーム機を投げたり叩いて壊す。そして夫は結局高い金を出して直すのだ。

いっそゲーム機をどこかに売ってしまえばいいと思うけど、ゲームがないと刺激が足りない継子は悪さを始めてトラブルの元になるのでほっておいている。


そういえば、1学期の終わりに継子の担任が言っていた。継子は気に入らないと授業に参加しないらしい。テストも受けないらしい。

そして寝るんだって。

我慢しなくても良い環境だと判断するとどこまでも横柄になる継子。小さな頃からそのずる賢さは変わらない。

大人に命令したら、優しく諭してくれたり、言うことを聞いてくれると判断すれば、命令する。

放課後デイサービスでも、お店の店員さんにも、保育園の先生にも命令する。

〇〇しろ!って。

やりたくない事をやらないでも叱られないと、当然やらない。

叱られる人がそばにいれば、嫌々でも従う事ができる。

いけないという事だったり、そういう事をすると叱られるという事は理解できてるのだと思う。

でも元々の性格が攻撃的な継子はそれが許される場所なら抑えられなくなるんだろう。

今回の継子の担任の先生はとても真面目で優しい人だ。

継子に振り回されてるのだろうけど、出来ない子ではなくてやらない子だから、悩んでも工夫しても一貫性がないから意味ないんだ、先生。彼は人を見てるだけだから。


継子はどういう気分なんだろう。私には理解できない。

怒ったり暴れた時に誰かに構ってもらえたり、目的が達成されると気分が良いのだろうか。

不機嫌になったり、怒ったりする事で嫌な事をせずにすんだり、相手が慌ててみたり、言う事を聞いてくれたり、寝たい時に寝れるのが気分が良いのだろうか。

きっと気分が良いから、やめれないのだろう。

恥ずかしいとか、罪悪感とか、そういう気持ちが人よりも少ない子だからなのかもしれない。


夏休みだから、子供たちとお出かけしたいと思うけど、継子を連れて行く事を考えると気が滅入る。

どこへ行ってもいなくなる継子をいつも注意して見守らないといけない。

誰よりも1番前を歩きたい継子。人を押し退けて1番前に行きたがる。


私にとって彼の存在はただの負担以外何者でもない。

時々、家事をしていたり、家でくつろいでいると罪悪感に襲われる。

継子以外の子供達3人がキャッキャと楽しそうに遊んでる姿を見ている時にふいにそんな気分になる。

継子は自ら子供たちの遊びの輪に入らないけど、何年も経った後、子供たちの記憶が曖昧になった頃に、継子と遊んだ記憶があまりない事に気がついた時、子供たちはどんな気分になるんだろうか。

母親の継子に対する関心の薄さと関連付けて、継子は孤独だったと結論づけて罪悪感に苛まれないだろうか。

子供の頃の自分は継子の孤独に気付かずに他の子供達と無邪気に遊んでいた、、、なんて都合良く解釈を進めて自分を責めないだろうか。

私の罪悪感が何の関係もない子供達にまで連鎖するのではと思うと、ものすごい罪悪感と恐怖だ。


物事をフラットに見れる目というのは、大人になれば全ての人に備わる力ではない。

自分の置かれていた環境について思い出す時や振り返る時にその力が身についていれば、無意味に苦しむこともないのだろうけど、なかなかそうはいかない。

真面目で優しい人だけ、罪悪感に苦しむのだろうけど、子供たちには客観的に見つめる力を身につけて、むやみに自分を責めて欲しくない。

私の事はいくらでも責めてくれて良いけれど。


継子は全てを人のせいにして自分勝手に振る舞って家族の苦労なんて微塵も想像できずに罪悪感も抱かずに大人になるのだろう。

そういう人は社会にたくさんいる。

私とは違うタイプの人間だし、距離を置くタイプの人。

なんだってよりにもよってそんな嫌悪するタイプの人間が継子なんだろう。