AIが発達すると、次第に人間の過去の記憶も変わっていく。
実際には起こっていない出来事でも、AIが過去の自分を主人公にした架空の過去の映像を生成する。それは人間にとって、自分の実際の記憶よりも都合が良く、心地良い。それを何度も見るうちに、次第にそれが生成物なのか現実に起こった過去なのか曖昧になってくる。さらに見続けた結果、過去の記憶が書き換えられる。
人間が、自分の中にある過去の記憶は必ずしも現実に起こったものとは限らないということを受け入れるようになってしまうと、次第に真実であろうが生成物であろうが、そこに拘りを持たなくなる。
確実に現実の出来事だと言えるのは、現在自分が見ているもの、やっていることだけになる。
次第にそれさえも現実に起こっていることであることに拘らなくなってくる。
機械を頭に装着することなく手軽に楽しめるVRのようなものが、人間の今の意識を支配する。
自分は何を見せられているのだろう。一瞬そう思って我に返りかけるが、すぐに、「自分にとって楽しければ現実であろうがなかろうがどうでも良いではないか。心地よければ何だっていいじゃないか」そう思ってVRの快楽にふける。
VRの中では、現実の他者との関わりはどうでもよくなる。
他者もまた、他者のVRの世界を堪能している。
各々が各々の快楽にふけることが当たり前になったとき、自分はふと思う。「あれ、VRの世界で楽しんで、この世界に何の意味があるのか? 他者とかかわらずにこの世界を生きるなんて、何の価値があるのだ? 生きている意味はあるのか?」
そう気づいた瞬間、目の前が暗転し、急に閻魔様が出てくる。
閻魔様は言う「フハハハ、実はお前は生まれたときからVRを見ていたのだ。この世に存在するのはお前の意識だけ。AIが普及するずっと前から、お前は他者なんかと関わってはいない。他者なんてそもそもいない。存在したのはお前の意識だけ。お前が存在を信じていた他者とは、みんなNPCだったのだ。」
彼は続ける。「1つの意識が、何の疑いもなく他者と交われる世界に放たれたとき、どんな行動や思考をするのかを俺たちは観測していた。ただ実験をしていただけなのだ。ある程度結果は出揃った。用の済んだお前に真実を突きつけようにも、急に種明かしをしたところで理解できまい。お前には、徐々に自分の思考によって真理に近づけるようにするために、凝った演出を提供してやったのだ。AIが徐々に発達していく様を見せて、自らVRの世界に現実逃避する体験をさせることで、そもそもお前が意識を持ってから今まで見てきた「現実」自体がVRによる創作だったのだということが理解しやすい状況にしただけだ」
閻魔様がこう告げた次の瞬間、自分という意識はなくなった。
意識がなくなった後の人間には、自分の意識がなくなったことを認識することもできない。
世界は本当に無になった。