今月、東映チャンネルでは『一周忌特集「名匠」中島貞夫監督』特集として、1976年に監督と脚本を手掛けた劇場用映画『狂った野獣』を放送している。

 

東映チャンネル | 狂った野獣 2024年6月放送! (toeich.jp)

6月13日(木)と6月29日(土)に放送予定

 

あらすじは、京都市街で銀行強盗に失敗した二人組の男が、警備員らに追われて飛び乗った路線バスを行きがかりでそのままバスジャックし、警察に包囲されながら当て所のない逃走劇を繰り広げて行くというもの。

 

東映京都撮影所が『ラグビー野郎』なる東宝映画みたいな青春スポ根映画を作って公開する際に二本立ての“B面映画”として低予算で作られたのが本作。主演は渡瀬恒彦で、前日に宝石店強盗を成功させて“お宝”を抱えたことから、やっきになって捜す警察の裏をかくはずの逃走手段として路線バスに乗り合わせていたワケありの乗客を演じていた。それ以外は低予算ゆえに関西のみで活動するモブ俳優ばかり、とくに東映京都撮影所所属の、元は大部屋俳優たちだったピラニア軍団たちが主要キャストに配されている。

 

バスジャック犯を演じた二人組がそのピラニア軍団の片桐竜次と川谷拓三。片桐竜次は本作が初めて得た大きな役柄で、まだまだ無名の存在だったが、川谷拓三のほうは世間に名前が知られ始めていて、同じピラニア軍団の室田日出男とともにレギュラー出演していた、日本テレビにて放送の倉本聰脚本・萩原健一主演ドラマ『前略おふくろ様』(制作:日本テレビによる自社単独)が終わったばかりの頃で、いよいよスターダムに駆け上がって行こうかというタイミングのときであった。

 

そんな1970年代後半、川谷拓三は刑事ドラマで路線バスにまつわる役と奇妙な縁を持つことになる。


まず、先述の『前略おふくろ様』放送終了翌日、1976年4月10日に放送されたTBS『Gメン’75』(制作:東映)第47話「終バスの女子高校生殺人事件」へ犯人役でゲスト出演。あらすじはサブタイトルのまんま。終点でその日の最終運行だった路線バスの乗務を終えた運転手が客席を見回してみたら寝ているように一人残っていて、じつは刺殺されていたという事件が発生。遠藤真理子演じるその女子高生は藤田三保子演じるGメン所属の響圭子刑事と交友を持っていて彼女に憧れていたことから正義感が強く、この路線バスの車内で煙草を吸っていた川谷拓三演じる粗暴なチンピラヤクザを注意したところ、逆ギレされて…というハナシ。乗客が幾人も居た路線バスでこんな大それた事が判らなかったのか?、都会人の他人に対しては無関心という風潮が設定のベースとなっていて、まさに『Gメン’75』ならではであった。

 

初ソフト化作品が多く、それが売りである『Gメン’75』DVDコレクションだけど

第47話「終バスの女子高校生殺人事件」は以前からソフト化されていて

逆説的に見るとファンには馴染み深いエピソード回となっている

 

そして二年後、川谷拓三は日本テレビ『太陽にほえろ!』(制作:東宝テレビ部)にもゲスト出演。1978年5月26日に放送された第304話「バスジャックの日」で、こちらもあらすじはサブタイトルのまんま。川谷拓三は『狂った野獣』と同じくバスジャック犯を演じるのだが、路線バスをジャックするのと心に余裕がない小心者キャラで、あと土佐弁まるだし以外、まるで違ったハナシ。まぁせいぜい換骨奪胎させたものとなっている。

 

あらすじは、白昼、運行中の路線バスで乗客の一人が突如として凶器のダイナマイト爆弾を取り出してバスジャックが発生。哀れみからか、乗客の老婆を降ろしたことで事件はすぐに発覚して管轄の七曲署捜査一係は現場に急行し、犯人と交渉を持つも「死にたいだけや!」と身代金や他の要求もないことから取り付く島がなくて翻弄させられる。しかし、捜査一係の刑事たちは死を覚悟しているとは到底思えない犯人の態度からこれには事情があるものと見立て、老婆をすぐに降ろしたのもバスジャックを警察とマスコミを通じて世間に知らせるためと判断した。そして、人質となっている乗客の中に通勤で必ずこの時間のバスを使っていた会社役員(つまり金持ち)がいることが判る。七曲署に集った他の乗客家族は突然の災難からパニック状態で混乱しているのに、その会社役員の妻だけは態度が冷静かつよそよそしいことから、帰路を尾行したところ、銀行に寄って大金を引き出していた。七曲署捜査一係は、バスジャック犯を影で操っている主犯がいて、狙いはその会社役員の身代金ではないか…と事件の真相を掴み、同時解決するため、バスジャック犯と粘り強く対峙していくハナシになっている。

 

バスジャックの「ウラ」/「駐在さん」の苦悩と窮地にゴリさんは・・・ - 「太陽にほえろ!」当直室 仮設日誌 PART2 (goo.ne.jp)

 

当時の川谷拓三はNHK大河ドラマ『黄金の日日』に出演中で、山城新伍とのコンビでカップうどん&そば「日清のどん兵衛」のCMにも出演するなどして世間ではおなじみの存在となっていた頃。『太陽にほえろ!』は番組が軌道に乗った開始二年目くらいから、レギュラー刑事の俳優を引き立たせたいからゲストで著名俳優、とくに世間の話題を集める旬の者をあまり呼ばなかった。しかも、番組改編期や記念回でもないのに、どうして川谷拓三を呼んだのか…?

 

大河ドラマ 黄金の日日 第21話 善住坊処刑 - 動画配信 (nhk-ondemand.jp)

「バスジャックの日」から二日後の1978年5月28日に放送された

有名な“のこぎり引きの刑”を処せられて絶命する回

NHKオンデマンドで配信されていて、そのダイジェストシーンは無料視聴可能

 

当時、川谷拓三は勝新太郎の勝プロダクションに移籍してその手始めの仕事だったとのこと。主演の石原裕次郎と勝新太郎は義兄弟の契りを交わしていたほどの仲だから肝入りで『太陽にほえろ!』へのゲスト出演に繋がったかと推測される。ゆえに、それは格別の計らいで、当時すでに石原裕次郎演じるボスは刑事部屋で刑事たちに捜査を指示するか電話番が役どころだったんだけど、バスジャック発生の一報を聞きつけて他の刑事らとともに現場へ珍しく赴いたほか、最後は川谷拓三演じるバスジャック犯を一対一で説得してボス自らが逮捕する役目も担うプレミア回となっている。それでいて、チンピラヤクザ役からすっかり脱却していた川谷拓三のイメージを損なうことなく一人の死傷者も出さずに事件が円満解決、じつに当時の『太陽にほえろ!』ならではであった。

 

また、当時の放送事情も垣間見られる。撮影時期は慣例から放送日のほぼ一か月前で、前週の第303回「お人好し」との二本撮りだったことから1978年4月半ばだと判断が付く。

 

じつはその頃、『太陽にほえろ!』は脅威に晒されていた。

 

金曜8時枠の番組は日本テレビのこの『太陽にほえろ!』が寡占していて久しかった。その裏でTBSは何を繰り出してもダメだったが、どうしても金曜8時の覇権を獲りたくて1978年春改編期から裏番組に同じ刑事ドラマ『七人の刑事』をブツけてきたのだ。それまで制作プロへ外注に出していたものとは違って、今度はまさに“頂上作戦”の様相で、TBSの自社制作にしたことから宣伝費も制作費も豊富で、毎回の豪華ゲストと豪華な展開で、“ドラマのTBS”と讃えられていたその源、エース級の局員演出家を投入していき、民放ナンバー1のTBSが1978年春改編期にもっとも推す新番組として喧伝した。制作費からして劣っていた『太陽にほえろ!』は、いままでになく身構えることとなった次第。

 

1978年4月 「七人の刑事」が「太陽にほえろ!」に挑戦状を叩き付けた時代 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry (ameblo.jp)

 

4月14日の『七人の刑事』第1話「警視総監の財産」における視聴率は21.8%と上々の滑り出しで、裏の『太陽にほえろ!』はいつもより5%近くも落ち込んだ25.1%に留まったことから、その宣伝攻勢ゆえの結果だと判ってはいてもピリピリしてたことは想像に難くない。

 

1978年4月14日、『七人の刑事』第1話放送日のラテ欄

9時からはテレビ朝日で『東京メグレ警視シリーズ』が

連ドラ初の試みとなる2時間スペシャルで始まるなど

刑事ドラマブームは全盛期へと突入した

 

日本テレビ『太陽にほえろ!』側はTBS『七人の刑事』と同じ物量作戦で張り合うことはせずに“動かざること山の如し”として、4月14日その第1話の裏は「われら七曲署」とサブタイトルで意気を示し、4月21日の「ある出逢い」は内容で勝負し、女性人気絶頂期だった小野寺昭演じる殿下の新しい恋人役を作ってその二人のエピソードをシリーズ化させていく第一章、4月28日の300回記念「男たちの詩」でも殉職刑事の場面をリバイバルさせたり、当時OB扱いだった沖雅也演じるスコッチを賑やかしのゲストで呼ぶに過ぎなかった。

 

つまりは、培った『太陽にほえろ!』のブランドで勝負したのだ。でも、ときには飛び道具だって必要。王者たる『太陽にほえろ!』は改編期の度にTBSから“郷ひろみ・西城秀樹・桜田淳子”らアイドル総登場ドラマや田宮二郎の「白いシリーズ」など一見強力そうな番組をブツけられてきても平然とかわしてきた。今回はいままでになく手強そうな相手だけに、かわすだけではないトドメの一撃が必要と感じたのだろう。

 

それが「バスジャックの日」放送日の5月26日、TBSでは「阪神対巨人」のプロ野球ナイター中継を放送していたことから『七人の刑事』は休止となって“対決”にはならなかったが、こういった日にあえての豪華ゲスト、そしてサブタイトルにも込めたバスジャックという派手な事件の設定、さらにボスまで事件現場に赴いて『七人の刑事』のお株を奪う七曲署捜査一係の“七人の刑事”たちが一丸となって最初から最後まで事件に対処するエピソードを出して一気に勝負へと出た。

 

出足快調だったはずの『七人の刑事』はすでに失速していて、この『太陽にほえろ!』第304話「バスジャックの日」が放送された以降の6月にはいままでの金曜8時枠と同じように視聴率10%前後を彷徨うことになり、『太陽にほえろ!』は見事なまでに跳ね返した。まさに川谷拓三と「バスジャックの日」で雌雄は決した。

 

♪夜更けのバスに揺られ~という歌詞が出てくる時代劇の主題歌も担当