私事で今年はいよいよ五十歳になる。まあ、それについては…、五十歳になったときに考えよう…。

 

前回の記事で取り上げたTBS-大映テレビ制作のドラマ『顔で笑って』も50年前の1973年に作られて放送されたものである。本放送時はまだ乳飲み子だったから当然観ることがかなわなかったのだけど、再放送は1980年代まで幾度かやっており、それで「赤いシリーズじゃない、宇津井健と百恵が父娘を演じたドラマ」だとTBSチャンネルでの放送以前から記憶に残っていた。TBSチャンネルではこの『顔で笑って』と同じ1973年秋改編期に開始して半年後の1974年春改編期までやっていたドラマがもう一本、年に一度の割合くらいで放送に掛かるものがある。それは、時代劇の『江戸を斬る 梓右近隠密帳』という月曜8時のナショナル劇場枠で放送されたもの。

 

江戸を斬る−梓右近隠密帳−|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

 

いまのパナソニック、当時の松下電器におけるブランド名を掲げた一社提供の番組枠・ナショナル劇場は、1969年の『水戸黄門』第一部開始以来、勧善懲悪一話完結の娯楽時代劇となり、『大岡越前』と半年ごとのローテーションで続いていたのだが、五年目の八作目にあたる本作はシリーズ化を前提としたものではなくて単発のものとなった。

 

三代将軍家光の時代、その徳川の治世を盤石にするため、大名の改易・減俸が頻発したことから武士の職を失って落ちぶれた浪人たちが世に溢れていた。太平の世の中で困窮を強いられるその浪人たちのやるせない心を利用した軍学者・由井正雪が幕府転覆を企てた、世に云う慶安の乱(由井正雪の乱)が迫る。そんな不穏な情勢の中、幕府は秘密裏に稀代の人物を登用して阻止に動いていく。

 

それが主人公であり、架空の人物である素浪人・梓右近。その実は、三代将軍家光の異母弟で、双子の兄は大名の子として育てられて、いまは幕閣の重鎮・保科正之として日の当たる道を歩む一方、双子は畜生腹だと忌み嫌われたことから弟の梓右近は“この世に生まれてこなかったもの”として闇に葬られるところを“天下の御意見番”として名高い旗本・大久保彦左衛門が懇願の末、その処分を免れて、乳飲み子だったときから氏の屋敷で育てられたという設定。そして、幼き頃より大名家の子息と同等の高度な学問を身に付けて博識であることはもちろんのこと、将軍家御流儀・柳生新陰流の柳生宗矩に師事したことから武芸にも秀でていて、宗矩の実子で剣豪・柳生十兵衛と日々一緒に修業していたことから親友の仲でもある。しかし、武士の生活に窮屈さを感じて、三年前に大久保の屋敷から出奔して、江戸市中で素浪人として気ままな独り暮らしを送っていた。そんな折、通りで起こっていた浪人の諍いに割って入った梓右近と大久保彦左衛門が鉢合わせしたことから…、この物語は始まる。

 

大久保彦左衛門を演じるのは、片岡千恵蔵

ナショナル劇場が時代劇路線を敷く際、「時代劇の手本を是非に!」と請われて起用され

『大岡越前』第1シリーズから晩年間近の第6シリーズまで出演し続けた

 

それで大久保彦左衛門はお節介爺さんに描かれていて、再会後も変わらぬ愛情を注ぐ梓右近をどうにか将軍の弟という座に相応しい地位に付けたいと将軍家光や幕閣の重鎮・松平伊豆守、柳生宗矩、そして兄・保科正之に請願して了承を得るも、当の本人は気ままな浪人暮らしを今後もエンジョイしたいからと断る始末。しかし、幕府の厳しい治世のせいにして悪行に走る浪人やその裏で糸を引く怪物・由井正雪の一味が江戸庶民を犠牲にしてまで我が物顔でのさばっていたことを目の当たりにすると生来の正義感から我慢ならず、大久保彦左衛門の希望に応え、普段は浪人暮らしのまま、悪に立ち向かうときは、隠し目付であり、将軍の名代となって江戸を斬っていくのである。

 

ここらへんの導入部は、後年に同じ『江戸を斬る』をタイトルに掲げてシリーズ化もされる、遠山金四郎を主人公とした『江戸を斬るII』第1・2話の前後編でも取り入れられている。名門・遠山家の跡取り息子ながらも、そこから出奔して気ままな遊び人暮らしをしていた金四郎の、その悪を憎む心を、幕府に多大な影響力を持つ水戸藩主・徳川斉昭がくみ取り、氏の尽力で遠山家に戻って家督を継いだ上で江戸北町奉行に就任して乱れた世の中の大掃除を始めていく。でも、普段は奉行の身分ということを隠して、気ままな遊び人・金さんとして江戸市中を探索するという展開である。また、『梓右近隠密帳』の由井正雪と同様に物語を通しての巨大な敵もいて、老中・水野忠邦と、その権威を笠に着て江戸の治安を自分の思いのままに動かしていた妖怪・鳥居耀蔵と金四郎は対峙する。

 

江戸を斬る・第2部|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

徳川斉昭を演じるのは、森繁久彌

 

それから、同じナショナル劇場でやっている『水戸黄門』のエッセンスが入っており、幕府の威光を示す三つ葉葵の紋所が入った印籠と同様に、将軍から拝領した三つ葉葵の紋所が入った懐刀を持っていて、毎回立ち回りの後、それを悪漢どもに見せつけてひれ伏させるシーケンスもある。

 

さて、ナショナル劇場における他作品との共通点を挙げるのはこのぐらいにして、『江戸を斬る 梓右近隠密帳』独自のものを探っていこう。最大の特長は、当時集められるだけ集めた豪華なレギュラーキャスト陣である。先述した『水戸黄門』と『大岡越前』のローテーションで、番組は『水戸黄門』のその後を受けて、本来は『大岡越前』になるところを休止させての本作となったことから、基本は『大岡越前』のキャスト陣なのだが、映画からテレビの時代になっても「時代劇の華はオールスター」ということから、名前の知られた俳優をさらに盛り付けた。毎回の出演ではないが、晩年間近の加東大介や若林豪など主演級のキャストを配してたり、主人公・梓右近の相手役は、松坂慶子、榊原るみ、鮎川いづみら、なんと三名も入れている。

 

 

 

松坂慶子の役どころは、柳生宗矩の娘で、柳生十兵衛の妹。だから、梓右近とは幼なじみだし、その素性も知っている。対して、榊原るみの役どころは、岡っ引の娘で、いわば庶民。右近が三年前に出奔してからの知り合いで、彼が将軍家光の弟という高貴な御仁とは知る由もない。何から何まで対照的なのである。そこに、江戸で評判の芸者だが、かつては大店の令嬢であった鮎川いづみが加わって、毎回恋のさや当てを繰り広げるというわけ。ただ、松坂と榊原の二人の対立軸が強烈だったこともあって、三人目の鮎川いづみは添え物的になってしまったのは否めない。

 

クレジットの序列的には、松坂慶子>榊原るみ>鮎川いづみ。すでにスターとなっていた松坂慶子はスケジュールの都合から毎回の出演とはならず、ほぼ毎回の出演となった榊原るみのほうが真の相手役、つまりヒロインとなった。その設定も松坂が演じる柳生家の姫は幼なじみだから一から十まで右近のことを知っていて、さらに許嫁気取りなのに対して、榊原演じる岡っ引の娘のほうは恋心を抱いているものの、右近が浪人とはいえ元は武士だから身分違いの恋になかなか踏み出せない晩熟(おくて)、という具合に、そのいじらしさで視聴者のシンパシーを受けやすいものとなっている。

 

後継作『江戸を斬るII』でも松坂慶子が主役の相手役となるが、本作の三人が入り乱れたのとは違って独りだけだったことからすんなりヒロインに収まった。演じる“おゆき”というキャラクターは、本作の柳生家の姫と岡っ引の娘を掛け合わせた「魚屋の娘でありながら、じつは養女で、本当は徳川斉昭の娘だからお姫様(しかも北辰一刀流を極めた剣の達人)。しかしながら、そのことは幼なじみの遠山金四郎さえも知らなくて、おゆきと金四郎の仲に割って入ってきたお邪魔虫の、老中・水野忠邦の高飛車な娘に身分の上下でイビられて可哀そうな…」ってな具合の全方位から愛される完璧な設定を与えられた。

 

水野忠邦の娘・由美を演じるのは、山口いづみ

『江戸を斬るV』には別の役で、『水戸黄門』と『大岡越前』にも

レギュラーで出るなどナショナル劇場おなじみの女優となっていく

 

また今回も長々と書いてしまった…。そろそろまとめに入ろう。

 

本作を制作したC.A.Lのプロデューサー・西村俊一は、時代劇好きでその時代考証は徹底したことで知られている。脚本家や監督任せにするのではなく、制作する時代の風俗考証を独自で調べて、一冊の帳面にしてスタッフ・俳優陣に配布していたのだとか。もうここまで来ると仕事熱心というよりも趣味の世界というか、ライフワークの域に達している。五代将軍の時代を綴った『水戸黄門』、八代将軍の時代を綴った『大岡越前』を受けて、三代将軍の時代を綴った『江戸を斬る 梓右近隠密帳』は新たにそれを記して作ったかと想像に難くない。いつも以上に実在の人物や事件、それにまつわる伝記などを取り入れただけに、腕を振るったかと思う。