前回の記事は、後のテレビ朝日になるNETが金曜夜9時に放送していた千葉真一主演アクションドラマについて滔々と書いていて、裏番組にTBSで放送していた連続ドラマの「赤いシリーズ」と「白いシリーズ」についても触れたことから、そちらの歩みを取り上げようかと思ったんだが、ここはちょっと絞ってみて、あまり取り上げられることはない、「赤いシリーズ」が開始される前に大映テレビが宇津井健と山口百恵を同じ父娘役で起用した『顔で笑って』というTBS夜9時台にしては“異色”のドラマについて書いていきたい。

 

顔で笑って|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

宇津井健の横にいるのは、当時のアントニオ猪木夫人

来月2月に放送!

 

このドラマは1973年10月~翌1974年3月まで半年間放送されていたもので、その放送終了から半年後の1974年10月~翌1975年3月まで同枠で「赤いシリーズ」第一弾の『赤い迷路』が放送される。

 

それでは、なぜ“異色”のドラマなのかというと、「赤いシリーズ」やその初期は半年ごとにバトンを渡していた「白いシリーズ」みたいにミステリーでもサスペンスでもなく、またそれまでTBS金曜9時台の路線であったアクションドラマでもない、ホームドラマ、それもホームコメディドラマなのだから。

 

まごころ|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

『顔で笑って』の前番組で、同じ大映テレビによる制作

アクション刑事ドラマでありながら、ホームドラマや恋愛ドラマの要素を取り入れた

しかし、『顔で笑って』ほどには突き抜けていない

 

上述したTBSチャンネルのストーリー紹介文に載っているものを読むと、宇津井健演じる医師が、廻りは敵だらけの伏魔殿みたいな個人病院に乗り込んで抵抗勢力と闘うようなハードな話に思えるのだが、実際のところは、そこがコメディシーケンスとなって面白可笑しく描かれる。女系家族の中で一家の大黒柱なのに「所詮は婿だから」と、ないがしろにされてきため、長年の心労が重なって脳溢血で倒れてしまった個人病院の老院長は、やっと家族が自分のことを思いやってくれる最後のチャンスだと思い、起死回生に自分の意思を初めて通した。それは行かず後家だった娘の婿として、亡き親友の息子で我が子同然に援助して育てた、宇津井演じる医師を新しい大黒柱の院長代理に迎えて、代々女系家族に支配されてきた病院運営を健全な方向へと取り戻すこと。その通り、いつしかみんなが有能かつ男気もある氏に感化されて、吹けば飛ぶような個人病院に日々降りかかる難問!、珍問?を一致団結して乗り越えていくという明朗快活な筋立て。それに後の「赤いシリーズ」とは違って毎回一話完結の物語だし、故に思わせぶりな伏線もなくて気楽に観られる。

 

当時、宇津井は43歳になろうかというときで、厄年がようやく明けたばかり。そのころだと、二年前の1971年までやっていた『ザ・ガードマン』のイメージが強くて、以後も同じ制作元の大映テレビで似たかんじのアクションサスペンスドラマに出演し続けていたから、この時期は代表作を持てず、何をやっても上手くいかない前厄・本厄・後厄の最中だけに、景気の踊り場ならぬキャリアの踊り場にいたというかんじだろうか。それでも、同年代の中年俳優たちが夜通しの酒と美食に明け暮れたのが元で醜悪な体型へと堕ちていったに対して、節制していたのはもちろんのこと、アクションドラマのオファーがあればいつでも精悍な役が出来るようにと、自宅にトレーニングルームを造って日々鍛えていて若い時分からの体型を維持していた。ストイックな宇津井に対して、その同年代の俳優らからは「いつまでそんなことをやっているの?」と呆れられたとか。だから、『顔で笑って』は、御本人にはその気はなくとも、廻りから「そろそろ年齢に見合った役柄の作品を…」と促されての出演だったという。まあ、ホームドラマ自体はこれが初めてではなくて、前年にNETで『にんじんの詩』なる作品に主演で出ているから抵抗はさほどなかったんだろうけれど、その枠の顔となっていたTBS金曜9時の大映テレビ制作でやったのと、初めて子持ちの役であったことが、俳優・宇津井健の転換点となったし、また話題ともなった。

 

この宇津井の子供役が、ご存じ山口百恵。初の“連続”ドラマ出演となる。ということは、“連続”じゃない初のドラマ出演が先にあって、それは『顔で笑って』放送開始から半年ほど前の1973年5月7日、歌手デビューする直前に放送されたTBS-東映制作『刑事くん』第2シリーズ第4話「少女が石段をのぼる時」。同じ所属事務所のホリプロダクションから前年デビューの、森昌子がゲスト主演した際にバーターで1シーンだけのチョイ役で出たのがドラマ初出演となった。以前、東映チャンネルでやっていたのを観たところ、びっくりするくらい光るものがあったし、正直言って共演場面のゲスト主演・森昌子を喰う存在感があった。大映テレビよりも、それから東宝よりも先にその素晴らしい存在感をフィルムに収めたのに、まったくもって東映は惜しいことをしたと思う。こうした地味なドラマデビューであったが、森昌子を輩出したことで一躍人気オーディション番組となった日本テレビ『スター誕生!』出身という、まさに期待の新星であったし、なによりも大映テレビと結びつきが強いホリプロダクションという関係から、早くも半年後にはTBS金曜9時枠のドラマに主要レギュラーのひとりとして抜擢され、ついでに主題歌も任せられる。キャリア充分の宇津井と天性の持ち主・百恵のフィット感は抜群で、『顔で笑って』とは180度異なる方向性なのに、このキャスティングを優先させて「赤いシリーズ」の一作目『赤い迷路』を作ったのは頷けるというものだ。

 

さて、もうひとりの期待の新星であったのが、水谷豊。出世作『傷だらけの天使』(日本テレビ-東宝、渡辺企画)が1974年10月の放送開始だから、ちょうどその一年前。子役からのキャリアはあったものの、数年前の大学受験を機に一度廃業してからの復帰間もないころであった。だから、当時はまだまだ知る人ぞ知る存在。当時21歳で、その年齢よりも少し上な、医大を出たばかりで青二才の青年医師を演じている。最初は宇津井演じる医師に若気の至りで盾突くのだが、有能さも、経験値も、それから人間としての器の大きさも段違いだと自覚してから、まるで赤ひげに仕える青年医師みたいな従順さとなっていく。その代わり、同じ病院に働く母親で、公私ともに頭の上がらなかった看護婦長(演じるは初井言榮!)の言うことをまったく聞かなくなり、遅れてきた反抗期を演じていて、それが微笑ましい。

 

1973年12月21日放送の第12話「ボーナスの涙」という回では、母親に一言も相談なしで水谷がまだ出てもいないボーナスをあてにして新車のフェアレディZを買ってきて勤めている病院に乗り付けるという場面がある。母親の初井はあの形相とキーキー声でカンカンなのだが、“若者の憧れ”を手に入れた水谷は有頂天だからどこ吹く風で…

 

まあ、すべからく毎回こんな調子なのである。

 

話はここから横道にずれるが、そのフェアレディZは当時現行の初代モデルであるS30型。それだけならばことさら話題にはしない。トピックなのは、販売上のメインであるSOHCエンジンのL20を積んだ中堅グレードではなく、当時のスカイラインGT-Rに積まれているものと同じ超高性能DOHCエンジンのS20を積んだZ432というトップグレードなのである。劇中ではそんなマニアックなことには触れてはいないけれど、Z432だけしか存在しない、ボディに貼られている「432」のバッジを発見したとき、自分は思わず驚いてしまった。

 

「プリンスの血に激しい拒絶反応を示した悲劇のZ」日産 フェアレディZ432【推し車】(MOBY) | 自動車情報サイト【新車・中古車】 - carview! (yahoo.co.jp)

 

ドラマの劇中車としてフェアレディZが出てくるものは数多あれども、Z432が出てきたのはおそらくこの『顔で笑って』だけではなかろうかと考える。なにせ生産台数は400台あまりの希少車なのだし。では、何故にこんなお宝クルマが出てきたのであろうか?、先に触れたように1973年12月に放送で、Z432は同年9月に生産終了している。劇中に出てきたものは、なんのパーツ替えも施されていない“ど”ノーマル仕様。この手のスポーツカーは、もしも誰かの個人所有車だったら、ホイールが替えられていたり、ボディにステッカーが貼られていたりと、なんらかのカスタムが施されているはず。だから、それを借りてきたとは思えない。番組スポンサーだった日産自動車から借りてきたものだと推測。でも、実質受注生産だったZ432の広報車なんて生産終了前後のこの時期に存在するはずはないので、だとしたら販売ディーラー所有のものだろうか。購入予定者がキャンセルしたとか何らかの事情で販売ディーラーはフツーのフェアレディZよりも倍値以上の高額かつマニアックな仕様でなかなか転売出来ずに持て余してしまっていたところ、大映テレビから「画面映えするフェアレディZを貸して」という依頼に応えたものか…とクラシックカーマニアの自分は裏話を勝手に想像する(笑)。

 

【昭和の名車 27】日産 フェアレディZ432(昭和44年:1969年) - Webモーターマガジン (motormagazine.co.jp)

 

また、1974年1月25日放送の第17話「縁談・泣き笑い」という回は、川口晶演じる病院オーナー家で働くお手伝いさんに入れ込む息子の水谷を母親の初井は苦々しく思っていたところ、最近現れたもうひとりのガールフレンドが、なんと大病院の令嬢だったから、千載一遇、逆玉のチャンス!とばかりに結婚前提の縁談に持ち込もうと奔走する話。その令嬢が乗っている車として、当時の日本車では金持ちの象徴と描かれるフェアレディZの240ZGが出てくる。何が金持ちの象徴かと言うと、フツーのフェアレディZの倍近い150万円という価格もさることながら、エンジンの排気量が2.4リッター、当時の庶民が買う2リッター以内の5ナンバー枠を越えた3ナンバー枠となって税金がバカ高なのでお金持ちしか維持出来ないのである。また、先述したZ432はフツーのフェアレディZと見た目が一緒なのだが、この240ZGはフロント部分にGノーズと呼ばれるパーツが装着されていて顔付きが違うことから、フツーのフェアレディZよりも高いやつだというのはクルマに興味ない当時の視聴者にも認識はあり、一目見て「なるほど、お金持ちの娘だ」と判る具合であった。

 

【昭和の名車 39】日産 フェアレディ240ZG(昭和46年:1971年) - Webモーターマガジン (motormagazine.co.jp)

 

というわけで、マニアックなクルマの話題はここまでにして本筋に戻そう。

 

当時の水谷にとっては、前年に出演した学園ドラマ『泣くな青春』(制作・フジテレビ-東宝)に続いて主要レギュラーを得たのだが、残念ながらどちらもキャリアの起爆剤とはならずに、終了から半年後に開始の『傷だらけの天使』まで待たなければならなかった。その『傷だらけの天使』出演後は晴れて“注目の若手俳優”となってTBS-大映テレビ制作のドラマに帰ってくる。1975年10月~翌1976年4月までの半年間、水曜8時にやっていた刑事ドラマ『夜明けの刑事』へ捜査課の最若手刑事で、ここでも青二才キャラとして第43話から中途加入して第67話で中途退場していった。“注目の若手俳優”ということは=売れっ子になったから、水谷は同時期に東映京都撮影所で制作していた時代劇『影同心II』(制作・毎日放送-東映)にも掛け持ちでレギュラー出演していて、大映テレビの撮影所がある東京と京都を往復する忙しさから一時期ダウンしてしまう。そのことがあってか、後に代表作中の代表作となる『熱中時代』のころになると、まだ当時はドラマの数が多かったから主演級でも掛け持ちが当たり前だった時代なのに一切それはやらず、一作品入魂で仕事をする主義となっていった。

 

東映時代劇YouTube開設、「影同心」などが無料視聴可能 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry (ameblo.jp)

 

そして、水谷は三度TBS‐大映テレビの連続ドラマへと登板する。さらにその存在感を増したことから、1977年6月~11月まで放送のTBS金曜9時「赤いシリーズ」5作目『赤い激流』へ宇津井健とともにダブル主演を飾った。

 

赤い激流|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

 

往時よりは視聴率が下がったものの、この当時でも毎回のように20%超の高視聴率を獲っている。しかし、改編期の区切りでもない6月から11月までという中途半端な時期に始まって中途半端に時期に終わっていったのには、ちゃんと理由がある。まだ放送界の慣例に従い、一年に二度ある改編期に始まって改編期に終わっていた頃、他局は打倒!TBS金曜9時枠を狙い、ウィークポイントは半年間続く物語の伏線が張り巡らされる第1話だと定めた。これさえ見逃せばその後の視聴率は伸びないと算段したのだ。そして、制作費が潤沢な改編期ともあって、第1話の放送に合わせて超豪華ゲストを招いた新番組や利益度外視な特番をぶつけてくるようになる。TBSにとっては毎週の視聴を惹きつける大事な伏線だらけの第1話から是非とも観てもらいたいのに、視聴者が裏番組の“そのときだけの豪華さ”に浮気心を起こされるとさすがに弱気となってしまった。なので、1976年11月開始の『赤い衝撃』からわざと改編期を外した番組スタートとなり、それが功を奏して高視聴率を以後も維持していったのだ。しかし、そのテレビ局の看板ドラマ枠が放送界のお祭りである改編期にスタートを切らないのは番宣的にもいまいちとなることから、1980年4月開始『赤い魂』で再び改編期を区切りに作品を送り出すようになったのだけど、もうこのころになると宇津井も百恵もレギュラーで出ないとあってか神通力を失ってしまい、TBS‐大映テレビによる金曜9時枠は斜陽期に入っていく。

 

その後の水谷は大映テレビと疎遠になってしまったものの、1988年にテレビ朝日「土曜ワイド劇場」枠で放送された2時間サスペンスドラマ『ビキニライン殺人事件』に主演している。好事家にとっては、その謎解きが突拍子もなくて伝説と化している奇天烈な作品で、スカパー!でも地上波でも再放送されなくなって久しかったけれど、昨年に開局したBS松竹東急で放送されて、その筋では話題となった。

 

ミステリー ビキニライン殺人事件 | BS松竹東急 (shochiku-tokyu.co.jp)