(6)

ロッキーとスコッチは飯田栄蔵宅から七曲署に戻ってきた。しかし、ロッキーが証拠品を携えて捜査車両から降りるなり、スコッチは「俺は気になるパーティー参加者が出てきたからもう一軒廻ってみる。午後の捜査会議までには戻る」と言って、その捜査車両で出て行ってしまった。


ロッキーはまずは捜査一係のデカ部屋に顔を出した。ボスこと藤堂俊介係長に挨拶し終えると、証拠品の鑑定を鑑識課に依頼した後、署内にある食堂へと向かった。食堂ではゴリさん、スニーカー、そしてドックら捜査一係の面子が居た。ロッキーもその輪に加わる。話題は七曲署のボロさ加減で、ゴリさんが熱弁をふるっていた。


「この前、建て替えたばかりの城南署に行ってきたら、さすがに食堂が綺麗なんだよ。食堂にまでエアコンが入っていてびっくりした。こことは大違いだね」


ドックとスニーカーが同意する。


「いま、どこもそうですよ。民間企業で新しいところの食堂なんてレストランみたいなのばっかだし。俺がこの前まで居た本庁の食堂もそんなかんじ。あそこも建て替えたばかりだから。7月に七曲署に来て唯一〝失敗したなあ~〟と思ったのが、この食堂」

「ほんと、ドックは食べるところにうるさいですよね。それにしても、うちの食堂ぐらいじゃないですか、扇風機が壊れたままで夏が終わっちゃったなんて。10月に入ったというのに今日みたいに暑い日がまだまだあるんだから早く直してほしいですよ」

「午後から捜査会議なんてなかったら、外の店で食べたいよ、まったく」


ゴリさん、スニーカー、ドックの三人は上着を脱いでいた。彼らはスイングトップを着たままのロッキーに「脱げば?」と促す。が、ロッキーはスイングトップを脱ぐとなると、腕にはめてあるロレックスGMTマスターの存在が知られてしまうので、「今日はそんなに暑くないですよ」などと無理な言い訳を付けてやんわりと断った。しかし、ハンカチで顔の汗をぬぐっていた。ゴリさんはロッキーが着ているスイングトップを指摘する。


「そういえば、その服、初めて見たな。ずいぶん洒落てる。さては朴念仁のお前サンが選んだんじゃないね」

「ええ、令子が昨日買ってきてくれたんですよ。今日早速下ろして着てみまして…、どうです?、いいでしょ!?」

「妬かせるねぇ~。最近はなんでもかんでも“レイコ”、“レイコ”だもんな。そのうち、髭まで“剃っちゃいなさい”って言われて剃っちゃうんだろ、ははは」

「いやぁ~、これだけはトレードマークですからァ。令子も気に行ってくれているんですよ。一緒にね、手入れしてくれているんです。昔より綺麗に揃えられているでしょ。ほら」


ロッキーは自慢げに右手で髭をさする。その時、スイングトップの袖からGMTマスターが、ひょっこりと出てしまった。慌てたロッキーは勢いよく右手を引っ込めて背中と椅子の背もたれの間に挟んで隠すと無言になった。ドックとスニーカーは訝しげにロッキーを見る。


「どうしたの?、さっきからヘンだよ、お前」

「岩城さん、オカシイですよ」


ロッキーはGMTマスターに気付かれまいと懸命だ。話題をそらそうとロッキーは話が盛り上がる〝ゴリさん独り身ネタ〟で煙に巻こうとした。


「いやいやいや。独身の皆サンも早くお嫁さんもらいましょうよ。とくにゴリさん。署内の婦警にだっていいのがいるじゃないですか?、ゴリさん好みの淑やか女性たちばかりですよ。婦警イコール男勝りだなんて表層的なモノの見方ですって。それともまたどっかの飲み屋にいるママさんに入れ込んでいるんですか?」


心当たりがあるのか、スニーカーが思わず噴き出す。当のゴリさんは、うざそうに返す。


「また、その話かぁ…、俺はいいんだよ。そんなことよりスコッチはどうした?、あいつまた単独行動か?」

「はい、なんでも…」


ロッキーの説明に三人はあきれた。七曲署捜査一係は誰もかれも“刑事バカ”の集まりである。しかし、それこそが毎週のように起こる凶悪犯罪に次々と対処していけるのだとも。ゴリさんは「管内から凶悪犯罪が無くなったら一係が暇になるんで、そしたらゆっくりと結婚相手を見つける」と嘯(うそぶ)いて、皆を笑わせた。


そのとき、ロッキーは〝家庭を優先しすぎる、いまの自分は刑事としてどうなんだろうか?〟と自問自答した。そして、ふと一年ほど前までふたりで共同生活していた先輩刑事、いまは亡きボンこと田口良を思い出した。


〝先輩は最期まで刑事だったなぁ〟



(7)

午後2時、捜査一係のデカ部屋で捜査会議が始められたが、スコッチはまだ戻ってこなかった。


「推定死亡時刻は午前1時。その直後に奥貫氏の家から出てくる人影を近所の人がタクシーから降りる際に見たとのことです。顔ははっきり判らないんですが、若くて痩せてた男ということだけは覚えていました」

「パーティーが終わった後で時計を買いに訪ねた飯田栄蔵は、中年で、さらに太っていたから彼ではないんだな」

「飯田の話によれば、もうその時間には自宅に戻っていたと家族ともども証言しています。鑑識に急がせて調べてもらった領収書の筆跡も奥貫氏本人のものと出ました。あと、パーティー前日に時計の買い取り金額三百万円を引き下ろした銀行通帳、その銀行に問い合わせたところ、たしかに窓口で飯田本人が降ろしたことも確認取れています」

「うーん、やっぱり“シロ”か」

「金庫にはその三百万円はなかったのか?」

「はい、有価証券とか権利書の類ばっかりです。現金は入っていませんでした。家宅捜索は一応終えていますが、結局どこからも出てきてません」


次々と報告があげられていく。


そのとき、スコッチがデカ部屋のドアを開けて颯爽と入ってきた。


「遅れてすみません。でも、犯人逮捕につながる有力な証言を得ることが出来ました」


一係の刑事たちはスコッチに注目した。


スコッチはそのことを述べる前に、昨夜のパーティーで撮られた写真を確認していく。ショーケースの写真を手に取り、証拠品として押収したショーケースの実物と照らし合わせた。ショーケースには時計が入ったままである。


「飯田が持って行った時計以外にも、昨晩撮った写真のとこの実際のショーケースにある時計の中に違いがあるんです」


ロッキーは愕然とした。奥貫氏の自宅でスコッチとこの日初めて会った際のことを振り返った。スコッチはショーケースをずっと凝視していた。そして、その時からそこに入っている時計に疑問を感じていたのだ。ロッキーはまったく気付くことも出来ず、またスコッチに深く尋ねようともしなかった。


「どういうことだ、スコッチ。ちゃんと説明してくれ」


ボスが促すと、スコッチはロッキーをボスが居る前に呼びつけた。そして、やにわにロッキーが着ていたスイングトップの右袖をめくった。突然のことにロッキーはあっけにとられる。


「ちょ、ちょっと、滝さん!」

「ロッキー、すまないな。勘弁してくれ」


ロッキーがいままで隠していたGMTマスターが白日のもとに曝された。ボスと同じ時計をはめていたことに皆一様に驚くばかりか、ドックなどはさっきの食堂での不審な態度にようやく合点がいったみたいで笑いをこらえている。


スコッチはボスにも右腕にはめている時計を見せるように上申した。


「俺のもか?」

「そうです」


つづく