香絵がその車の名前を出したのは突然であった。その車を買いたいと言い出したのだ。

 

恋人の克俊が聞き返す。

 

 

「なんで、フェアレディZ!?」

 

 

「格好良かったから」

 

 

香絵はストレートに返した。香絵の基準はいつも見た目が「格好良い」か「ダサい」のどちらか。表層的なことで物事を割り切る性格だ。

 

 

克俊をさらに驚かせたのは、現行型でも一コ前の形でもない、四半世紀も前に出たZ32という形式のモデルだったこと。短大の時に免許は取ったが、それ以来ほとんどペーパードライバーで過ごしてきた、ほぼ車と無縁だった香絵の口からZ32なんて言葉が出てくるとは意外だった。

 

 

この四月、克俊は普通電車しか停まらない駅徒歩15分の賃貸マンションから快速急行が停まる駅徒歩7分のところに引っ越した。ただし、以前のところはマンションの一階部分に付設された屋内駐車場だったのだが、新しいところはナシ。周辺で探しても以前と同じ条件である屋根つきのところはないし、屋外でも高い。引っ越しはなにかと“物入り”となるだけに、社会人一年目に夏のボーナスが出たときに勇んで買った新車をわずか二年で手放すことにした。

 

 

“助手席”の香絵はそれが不満だった。いきなり「車を買いたい」などとは克俊は自分への当てつけだと思ったが、いままたそんなこと蒸し返されたくないから、ここはあえて反対はせずに香絵に話を合わせることにした。

 

 

「どっかの中古屋で良いヤツ見つけたんだ?」

 

 

「お店じゃないの。営業で廻っているところの人ので、今度車検なんで、もう乗らないっていうから」

 

 

「それで、その古いZなのか」

 

 

「そう、古いけど、毎年ちゃんとディーラーで整備受けているって。平成5年式。私と同じ年の生まれ(笑)。それも気に行ったの」

 

 

「いくらで買うんだよ?」

 

 

「四十万円」

 

 

名車だとはいえ、克俊は二十年落ちの車に四十万円という金額が高いのか安いのか判らなかった。ただ、車検も含めれば乗り出しの金額はもっと掛かるだろうし、毎月の維持費もある。

 

 

「ねっ、明日一緒に観にいこ!」

 

 

「いいけどさ、本気で買うの?」

 

 

「あったりまえ!」

 


つづく