7月3日、タワーレコードのレーベルにて、カシオペア在籍時代の向谷実がレコーディングに参加したアルバム、ジュディー・アントン『SMILE』と山根麻衣『たそがれ』が復刻発売される。タワーレコード限定ということなので、おなじみのamazonや他のCDショップでは買えないが、タワーレコードは自社で通販サイトを持っているし、1500円以上は送料無料とのことなので、一枚からでもその値段で買えるからこれは便利。
タワーレコード公式 「ジュディ・アントン、山根麻衣、菊池ひみこの名作がタワレコ限定復刻」
http://tower.jp/article/feature_item/2013/05/21/0108
ジュディー・アントン『SMILE』はカシオペア&向谷実ファン必聴の作品だ。是非ともオススメしたいその理由は、1980年の作品で、同じ年にカシオペアが発表した名作アルバム『MAKE UP CITY』(通算4枚目のアルバム)に収録された向谷作曲「REFLECTIONS OF YOU」のボーカルバージョンが収められているから。しかも、この曲を含めて向谷が作編曲にも関わった8曲中4曲のベースとドラムが『MAKE UP CITY』と同じく櫻井哲夫と神保彰という布陣。
『SMILE』は『MAKE UP CITY』よりも一ヶ月ほど前の発売(1980年10月25日)だったので、どちらの「REFLECTIONS OF YOU」のほうがオリジナルかというものではなく、まあボーカルバージョンとインストバージョンという括り。ちなみに、『SMILE』の方には「SAMBA DU CITE(サンバ・デ・シテ)」というサブタイトルが付けられている。
「REFLECTIONS OF YOU」のことをもっと語りたいところだが、そもそも向谷実がなぜこのアルバムに関わっていたのかから先に説明していきたい。
それはカシオペアのデビュー前の状況まで遡る。大学生と二足の草鞋だった櫻井哲夫、大学に行く代わりに自分が信じる音楽活動に邁進していた野呂一生らとは違って、すでに向谷は結婚に繋がる同棲生活を送っていて自活していかなければならなかった。
カシオペアに加入する前、大学受験に失敗して、その代わりにエレクトーン奏者の資格を取るために専門学校に通っていたくらいだから、向谷にとって音楽は稼ぐための仕事という面を持っていた。それでカシオペアのデビュー前は「ライブのギャラが一人頭たった500円」の時代だけに、生活のためにスタジオ・ミュージシャンの仕事をこなさなければならず、カシオペアのデビュー後もしばらくそれを続けていたのである。スタジオ・ミュージシャンとは言っても多くはカラオケの演奏など名前が表に出ない仕事ばかりだったが、キャリアを重ねたこの頃はギタリストにしてアレンジャーの松下誠のファミリーとして、ジュディー・アントンや山根麻衣らのアルバムのスタジオ・ワークに携わっていた。
当時のスタジオ・ミュージシャンの仕事を振り返った資料があり、今回の記事作成にあたって読み返してみると、ジュディー・アントン『SMILE』や(今回CD化は適わなかったが)山根麻衣『SORRY』への楽曲提供はテスト的と捉えている。おそらく、演奏に関わるだけのスタジオ・ミュージシャンからコンポーザー&アレンジャーへとステップアップをはかったものであったのだろう。
しかし、この1980年の神保加入後のカシオペアはいよいよ軌道に乗りはじめて、カシオペアだけで食べていけるようになっていく。翌1981年3月発売の山根麻衣のアルバム『SORRY』に同じく松下誠のファミリーとして参加以降、三枝成彰のいくつかの仕事にともに氏から薫陶を受けていた難波弘之なんかと、ブレッド&バターのシングル「トゥナイト愛して」や大野方栄のアルバム『Masae A La Mode』など同じレコード会社所属だったよしみでカシオペア全員で演奏に参加しただけのイベント的なものを除いて、亜蘭知子のアルバム『MORE RELAX』(1984年)の全曲サウンド・プロデュースに関わるまで純粋なスタジオ・ミュージシャン業は一時絶えていくことになった。
『MORE RELAX』もまたカシオペアのプロデューサー・宮住俊介がアルファレコードから独立した直後に請け負ったもので、“カシオペアの向谷実”というネームバリューで起用されたものでもある。だから、今回復刻されるジュディー・アントン『SMILE』や同年の山根麻衣『たそがれ』などは、“スタジオ・ミュージシャンの向谷実”から“カシオペアの向谷実”というスタンスの、まさに端境期の仕事だったので、そういう意味で貴重とも言える。
1984年にサウンド・プロデュースを手掛けた亜蘭知子の『MORE RELAX』
全曲カシオペアのメンバーが曲を書いていることが話題になった
閑話休題。それでは次に、「REFLECTIONS OF YOU」とそれが収録されたアルバム『MAKE UP CITY』について。
- MAKE UP CITY/ヴィレッジ・レコード
- ¥2,400
- Amazon.co.jp
「REFLECTIONS OF YOU」は向谷実がカシオペアのアルバムに提供した記念すべき最初の自作曲であった。ボサノヴァ・タッチの緩いグルーヴのバラードで、同じアルバムに収められた櫻井哲夫のこれまた緩い「PASTEL SEA」とともに野呂作曲のバラード曲がない『MAKE UP CITY』のアクセントとなっている。その二曲はアルバム制作時から発売時の1980年にはライブで演奏されたものの、翌1981年になるとライブのレパートリーから外されてしまう憂き目にあう。
というのは、カシオペアは『MAKE UP CITY』発売後すぐに次作『EYES OF THE MIND』レコーディングのために渡米。その帰国後のライブからは『EYES OF THE MIND』プロデューサーのハービー・メイソンたちからもらった曲の「LAKAI」や、『EYES OF THE MIND』発売前からさらにその次作『CROSS POINT』に収録される「SWEAR」も演奏されていくなどして、続々とレパートリーが増えてしまったおかげで早々に脱落してしまったのだ。
当ブログ記事 「CASIOPEA 『EYES OF THE MIND』(1981)」
http://ameblo.jp/goro-chayamachi/entry-10940761539.html
しかし、「REFLECTIONS OF YOU」と「PASTEL SEA」は面白い歩みを続けていくようになる。
アルバム『MAKE UP CITY』のなかの曲たちは次作のアルバムタイトル曲にもなった「EYES OF THE MIND」がライブの定番となった以外は、1980年代後半に入るとツアー毎のメドレーで取り上げられるくらいになり、さらに1990年代の新生カシオペア以降になると演奏されずに忘却の彼方となってしまった。が、1993年に向谷実の二作目のソロアルバム『Tickle the Ivoly』で「REFLECTIONS OF YOU」がセルフカバー。「PASTEL SEA」のほうも1986年の春ツアーの〝10周年記念メドレー〟で組み込まれて以来11年後の1997年、櫻井哲夫が始めたばかりのソロライブで、野呂、向谷、神保を招いたときに取り上げられ、以降のライブやソロアルバムでも度々セルフカバーがなされた。
当ブログ記事 「向谷実『Tickle the Ivoly』、音楽人・向谷実の想い」
http://ameblo.jp/goro-chayamachi/entry-11216024670.html
カシオペア休止期間中の2009年には、「REFLECTIONS OF YOU」が向谷実とメロディーズのライブで、「PASTEL SEA」が櫻井と野呂のともに活動30周年を記念したユニット、ペガサスのライブツアーで取り上げられた。また、神保彰もワンマンオーケストラにて自作曲「RIPPLE DANCE」を演奏しているなど、はからずもアルバム『MAKE UP CITY』の曲たちが同時期にオリジナルの4人全員で演奏されていたことになる。