12月25日(日)
クリスマスの朝は穏やかに晴れていた。曜日的には今日は日曜日で、学習塾の冬期講習は明日の月曜から始まるから、尾木慎一郎にとっては今日一日は普段の日曜と別段変わりはなかった。
昼前、気晴らしに昨夜フジテレビで放送の映画『私をスキーに連れてって』をタイマー録画していたものでも観ようかと思っていたら、竹内から電話が掛かってきた。2時半からクリスマス・パーティーをやるんで、地域のショッピングモールにある溜まり場の喫茶店「コッペル」に来るようにとの誘いだった。前々から25日に仲間内でクリスマス・パーティーやるとは聴いてはいても、とてもじゃないが行く気になれず、断りを入れる。しかし、昨日の夜、慎一郎は竹内に電話で不甲斐ない告白の顛末を話していたのが祟って、竹内から「フラれたことみんなに話しちゃうぜ」と意地悪く言われれば、観念して行くしかなかった。
慎一郎は気乗りしないまま時間通り2時半に行くと、店内で一番大きいテーブルにいつもの仲間が集まっていて既にパーティーは始まっていた。ツルんでいる竹内と金子、ここにはたまにしか来ないが同じ趣味を持つ和田と斉藤、それに店長を慕っている同じ学年の女子の何人かが来ていた。その中の松野礼美は金子と秋頃から恋人同士になり、昨日は終業式も休んで朝から二人でわざわざ東京ディズニーランドまでデートしてきたとのことである。礼美の胸元には金子がクリスマス・プレゼントとしてあげたというティファニーのオープンハートが輝いている。
竹内は慎一郎にだけは2時半と知らせておいて、どうも集合時間は30分前だったらしい。だから、慎一郎はドン尻であった。ただ、いつもの女子の面子が集まってはいても慎一郎が昨日の夕方にここで会った山形英里子の姿はなかった。その理由は後で知ることになる。
慎一郎が席について早々、竹内は慎一郎に向かって話を切り出す。
「昨日のこと、みんなに言っちゃってイイだろ?」
「えっ!?」
「そのほうが楽だと思うぜ。ぱぁーっと忘れよう!」
「いいよぉ・・・。やめろよぉ・・・」
竹内は得意げな顔となり、「昨日、コイツ、長山とね」と言い始めると、事情を知らない金子や女子たちがざわめき始めた。慎一郎は竹内の口を慌てて手でふさいだが、もう話さないわけにはいかなかった。
「いや、オレから言うよ」
慎一郎がクリスマス・パーティーに出ることを引き替えに仲間内にも口外しないようにとの約束だったはずなのに、すっかり竹内に騙されてしまった。だいたい竹内はお高くとまっている英里子が以前からキラいなのである。英里子が余計な世話したから慎一郎がフラれたと思っていて昨日電話した時から憤慨していた。女子にしろ、不良連中にしろ、その一本気な性格から敵を作ってばっかの竹内が暴走しないように慎一郎は牽制する。英里子が自分にやってくれたことを悪く捉えられないように慎重に言葉選ぶことにした。そして、昨日の経緯から丁寧に説明して、無様にフラれたことを話した。
「かわいそう」と同情もしてくれれば、「当たり前だ」と呆れられもした。ただ、どちらもいまの慎一郎の心には届かなかった。昨夜から上の空、茫然自失のまま過ごしているようなものだったから。慎一郎は、仲睦まじくしている金子と礼美の姿が羨ましかった。昨日の真弓への告白成功させたのならば、彼女をこの「コッペル」のクリスマス・パーティーに連れてきたかった。ふと、「彼女はいまどうしているのだろう?」という疑問が沸いてきた。
クリスマス・パーティーは3時間ほどでお開きになった。夕方5時、外はもう暗い。慎一郎は本当なら今日は竹内と金子の三人で、いつものテトラポッドが引き詰められた護岸に行き、人気(ひとけ)のないことをいいことに、そこでシードルやチューハイでも飲んで忘れたかった。ショッピングモールのなかにある喫茶店、中学生の出入りを許す店長は彼らにとっては兄貴然としてくれていて何かと優しいのではあるが、最低限のモラルとして店内での酒と煙草だけは許さなかった。クリスマス・パーティーでもそれは守られた。
そんなわけで竹内はショッピングモールから出ると、さっそく煙草に火を付けて吸い始めた。そして、再度慎一郎を慰める。
「長山だけがオンナじゃないって。高校入ったらもっとイイの見つかるって」
「そうかなあ」
「おまえが行くタテノ(*神奈川県立立野高校)って、伊勢佐木町とか元町とか、根岸線だから横浜駅に行くのも近いし、それに女子の比率が男子より高いんだろ?」
「そんなこといまから言ったってさ・・・」
慎一郎は気のない返事を出すばかりだ。別れ際、竹内は取って置きのネタとして英里子のことを話す。
「午前中からコッペルにいてね、みんなが集まる前にさ、店長とパーティーの準備してたら大変なことがあったんだよ。山形って昨日の夜は家に帰ってこなかったんだって。朝帰ってきたら、それであいつのお父さんとお母さんが怒っちゃって。コッペルに怒鳴り込んで来たんだよ。もうアノ立脇と終わりだよ。それからコッペルにも出入り禁止なんだって。いい気味だよ」
「あっ、そうなの・・・」
慎一郎は自分が語る以外はクリスマス・パーティーで英里子と立脇の話がなかばタブーだったのをいま知った。そして、英里子が呼ばれなかったわけでなく、呼べなかった事実も。真弓への告白が失敗したとはいえ、意気地無しの自分の背中後押ししてくれたことに感謝していた慎一郎は、いま英里子が困っているにどうにも出来ない無力さを痛感した。
二人は慎一郎の自宅があるマンション群のメインゲート前で別れた。慎一郎は独りとぼとぼ歩いていくと、自宅マンション前にふたつの人影があるのを確認した。
“ナガヤマ!”
なぜ、長山真弓がここにいるのかわからない。しかももう一人は、二年生まで自分と真弓と一緒のクラスであった神川智徳であった。唖然としている慎一郎に、強張った顔をした真弓が震えながら言う。
「悪いけど、昨日貰ったこれ受け取れない。返しに来たの」
そして真弓はかばんから赤・緑・金のストライプが施された包装紙に包まれた長方形の箱を取り出す。昨夜、慎一郎が真弓にクリスマス・プレゼントとして手渡したネックレスは開封されてもいなかった。慎一郎にとっては辛い仕打ちである。しかし、それ以上の疑問とやるせなさで気が動転していく。
「ちょっと待って。なんで神川がいるの?、ふたり付き合っているから?」
会話が噛み合わない。神川の表情はあきらかに困惑している。真弓が振り絞るように言う。
「違う」
「違うって何が?」
「あなたが山形さんに頼んで告白してきたように、わたしも神川くんに付いてきて貰ったの」
「えっ!?」
慎一郎の頭は混乱するばかりだ。受け答えする声もだんだん上擦ってきた。
「いや、オレと山形とは別に何もないんだって。いやその、昨日たまたま偶然会って、手助けしてくれて電話を掛けてくれただけなんだよ」
「それはわかっている・・・。でも、昨日も・・・」
追い詰められている慎一郎は遮るように自己弁護をしてしまう。それは言ってはならない言葉であった。
「成り行きだもん。仕方ないじゃん」
その言葉が開き直ったように聞こえたのか、真弓は蔑むように慎一郎を見つめて言い放った。
「昨日も言ったけど、あなたどうしていつもひとりで出来ないの?」
「・・・」
慎一郎はそれに返す言葉は出てこなかった。神川が二人をなだめるように言う。
「もうやめろよ」
真弓はいまにも泣きそうな顔になった。どうにもならない状況に慎一郎は仕方なしに突き返されたクリスマス・プレゼントを受け取る。
「オレが悪かった。それに神川、なんか面倒なことさせてしまって・・・」
「尾木、いいんだよ」
神川はフォローしてくれたが、真弓はうつむいたままだった。別れの挨拶も双方で口籠もったものになってしまった。そして真弓は神川に付き添われて去っていく。それを見つめる慎一郎はみじめだった。自宅に戻り、「さっき、お友達が訪ねてきたわよー」という母親の脳天気な言葉無視して自分の部屋にそのまま入ると窓開けて、突き返されたクリスマス・プレゼントを外に思いっきり投げ捨てる。ただ、こんなことをしても到底気が晴れるわけではない。
慎一郎は着ていたオールレザーのAVIREXのスタジャンを学習机のイスの座面に脱ぎ捨てて、仰向けでベッドに倒れ込む。天井の照明が眩しい。すぐに寝返りして身体を横にすると、対面の腰丈の衣類タンスの上に鎮座させてあるミニコンポとCDのコレクションが目に入った。真弓へのクリスマス・プレゼントがCD一枚分の予算だったということを思い出した。
“ネックレスのレシートどっかあったよなあ。開けてないから返品効くよな・・・?、明日、塾の帰りに行ってくるか”
次回「1997年12月24日」に、つづく