12月23日(金)

「えっ!、やっぱプレゼントって必要なの!?」
「そりゃあ、そうだよ。金子も買うってよ」

尾木慎一郎は悪友たる竹内良太から即答で返されて狼狽した。我関せずという態度で竹内はゆっくりとタバコを燻らせる。しかし、心あらずという面持ちで固まってしまったままの慎一郎を見かねて助け船を出す。

「ま、いいや。カップラーメン買いに行こうぜ。」
「あぁ、うん・・・」

二人は、波が寄せては打ち付けて返すテトラポッドが引き詰められた護岸から頑丈なコンクリの壁をよじ登って乗り越えて、その脇に通る海岸沿いの道路の向こう側にある、釣り人相手のカップ麺の自動販売機へと向かった。

横浜市の端に位置する八景島を間近に望む、横浜ヘリポートに隣接されたこの場所へは、尾木慎一郎や竹内の自宅から10分ばかり自転車をこげば辿り着く。広大な埋め立て地に造られた彼らが住む“陸の孤島”と揶揄されるニュータウンの横は、さらに“陸の孤島”度が高い工業団地となっており、人の往来よりもトラックの行き来のほうが多い。その閑散とした往来の目からも死角となるテトラポッドの護岸は、中学三年生の彼らにとって恰好の秘密の場所であった。

この日、学校で慎一郎は竹内に声を掛けてあることを相談して貰うことにした。慎一郎と年柄年中ツルんでいる竹内としてそれがどんなことか察しはしていたが、二学期末前日で既に午前授業の編成となっていたこの日の午後、お互い一旦家に帰ってから先述のこの場所に赴いて腹を割ってはなす事にした。

慎一郎の相談事とはやはり恋愛ごとである。同じ中学校に通う長山真弓に片想いを抱いていた。同学年であるふたりは一年生の時から一緒のクラスとなり、二年生の時も一緒となる。その二年生の時に慎一郎が長山真弓に恋愛感情を寄せるようになっていったが、皮肉なもので三年生になるとふたりは別々のクラスになってしまう。それでもゴールデンウィーク明けの京都への修学旅行までは校内で会えば挨拶くらいは交わすものの、同じクラスの仲同士だった二年生の時と比べて彼女との接点がなくなりつつあるのを焦り、慎一郎は想いの丈を告白することにしたのだ。

しかし、面と向かって告白するのが気恥ずかしく、彼女と同じクラスで今日ここにはいない金子に「尾木が長山のこと好きなんだけど・・・」とまずはそれとなく伝えて貰うことにしてしまった。しかし、こんな廻りくどいことは裏目に出てしまい、一瞬にして彼女の反感を買う。彼女の答えは「ダメ、そう言っておいて」。あえなく慎一郎はフラれてしまった。“彼女に好きな人がいるのか?”、“自分のことをどう思っていたのか?”、そういったことも聞き出せないままに、まったくもって男らしくない態度の告白の仕方に嫌気がさされたのだった。

慎一郎はそのまま落ち込む。フラれるまでは何か用事をつくっては休み時間などに彼女のクラスに出向いて、表向きはついでなことにしつつもそれを目当てにして毎回短い時間ながらも彼女と接していたのが、それ以来は一切彼女のクラスに出向かず、そして廊下や全校集会で会う機会があっても彼女を避けるようになってしまう。慎一郎の涙ぐましい努力で留めていた彼女との接点はとうとう無くなってしまった。しかし、慎一郎の胸の内では今日まで彼女に対する想いは変わらないままでいた。

中学校内ではテレビドラマに影響されたのか「クリスマス・イブに告白する!」という風潮がにわかに盛り上がっていた。慎一郎は既に告白を一度失敗したことから当初はパスするつもりではあったが、クリスマス・イブが目前の明日に迫ったこの日、廻りの空気に流されてやはり再度彼女へ自分の想いを告白することを決心する。ただ、今度こそは面と向かって堂々と告白してみるつもりではいたけど、なにせ半年間も彼女と没交渉であり、それでいて“絶対に成功させたい”という逸る気持ちをどうしたらいいのかと仕方なしに竹内に相談することにしたのだ。

竹内の答えは実に明快だった。「ならば、告白すればいい」と。しかし、「せっかくのクリスマス・イブに告白するんだから、クリスマス・プレゼント持参がエチケット」とも付け加えた。慎一郎自身もそのことは薄々思っていたことではあったが、なにせノウハウを持っていない。

「じゃあ竹内、どんなものあげたらいいんだ?」
「そうだなぁ・・・、アクセサリーだよな。ネックレスとか」
「ネックレス!?、指輪とかじゃなくて?」
「はははっ(笑)、オマエ、長山の指輪のサイズ知っているの?」
「いや・・・」

竹内は『カレーうどん』のボタンを押しながら余裕で返す。既に『チャーシュー麺』を買って両手に持つ慎一郎は憮然とした。そして、ふたりはカップ麺の張られた湯をこぼさないように各々両手で抱えて再びテトラポッドの護岸へと戻る。不安定なテトラポッドのなかに入って食べるよりは、安定したコンクリート壁に座って二人は食べることにした。時間を計ってはいないがカップ麺の蓋をあけたら湯気が沸き立っている。竹内はそれを満足そうに見つめるとアドバイスを再開した。

「ティファニーのオープンハートが良いよ。流行りだし。ここらへんだったら、横浜駅の三越に行けばティファニーあるじゃん」
「でも、あれ高いだろ?、テレビで観たけど、中三がプレゼントで買える値段じゃない」
「金子はそれにするってよ」
「ッてか、あいつんちは金持ちだろ。それにもう松野とほとんど付き合っているんだし」

慎一郎はいじける。

「ハハハッ!、じゃあその革のスタジャン売ってくれよ。俺がオープンハート買う金出すよ(笑)。」

慎一郎はこの前ボーナスが出た親にねだって買った、いま着ているAVIREXのオールレザーの黒いスタジャンを後悔した。アメカジ・ブームで袖が革製となっているスタジャンが流行りのなかで、さらにボディ部分まで含めたこれは憧れを惹く。しかし、中学生が着るにしてはそれだけ値段が張ったものだった。だから、たしかにこれさえ買わなければ、半額以下で買えるティファニーのオープンハートの購入資金を親にどうとでも言って捻出出来るが、いまとなってはそうとはいかない。これからはCD一枚買うにしても母親のその小言がいちいち五月蠅くなっていくだろう。

「でも竹内、いきなり高いプレゼントってのもどうかと思うよ・・・」
「まあ告白する時のだから、ナっ!」
「ちょっとしたもんでいいよ、ナっ!」

光明は見えてきた。調子に乗った慎一郎は竹内の語尾を合わす。

「うん、そうだ。まあないよりはマシくらいなもんだから。実際いくらなら出せるよ」
「うーん・・・」

慎一郎は迷った。自分で金を稼いだことのない中学生にとって、好きな人への気持ちを込めたプレゼントの値段なんてものは測りかねる。このシーズン、テレビや雑誌はこぞって恋人へのクリスマス・プレゼント特集を組むが、そこに取り上げられるのは大学生や社会人相手のもの。中学生にとって値段や品物が全然現実的ではなかった。逆に竹内に問う。

「竹内だったらどのくらいの買うよ?」
「オレか?、オレだったら・・・」

竹内はそのまま言葉をなくす。実際のところ、やはり彼もノウハウを持たない。その静寂の中で慎一郎はふと頭に思い浮かんだものを試しに聞くことにする。

「CD一枚分くらいでいいかな?」
「3,200円か」
「そう。3,000円よりちょっと上くらいな」
「まあいいかも」
「でも、それでネックレスなんて買えるかあ・・・?」
「買えるよぉ、いくらでも。」

慎一郎は結論が付いてホッと胸をなで下ろした。話が一段落付き、竹内は二本目のタバコを慣れた手つきで箱からぽんッと口にくわえると、返す刀で慎一郎にタバコの箱を向けた。タバコは性に合わなく、この場所に集う仲間内でただひとり吸っていなかった慎一郎ではあったが、竹内はそれをわかっていてわざと向けた。慎一郎は安堵した顔で一本拝借することにした。



次回「12月24日」に、つづく