いまから24年の1988年7月7日、フジテレビでドラマ『抱きしめたい!』がスタート。
『抱きしめたい!』といえば、トレンディドラマ
トレンディドラマといえば、『抱きしめたい!』
『抱きしめたい!』といえば、浅野温子と浅野ゆう子
浅野温子と浅野ゆう子といえば、『抱きしめたい!』
ご存じ、浅野温子と浅野ゆう子のW主演によるこの作品はトレンディドラマの代表作であり、テレビドラマ史におけるエポックともなっている。
浅野ゆう子の服の色、グリーンは1988年夏の流行色で、劇中でもその色の服を何パターンも着用
内容は、三十路手前の、浅野温子演じる独身のキャリアウーマンと同い年で幼なじみの浅野ゆう子演じる離婚寸前の主婦の恋と友情を描いた、その年代に向けた大人向けのオハナシ。しかし、トレンディドラマ特有の現実感のない設定に加えて、特筆すべき事は、極端なまでに生活臭を排したこと。
浅野温子の職業はスタイリストで、目下売れっ子で充実した日々を過ごしていて、恋人となる石田純一は大手出版社のエリート編集者。浅野ゆう子は専業主婦だが、夫の岩城滉一は輸入家具販売会社の花形部署の管理職で、実家も美容院を都内で七軒も経営していて、誰一人生活に一切困っていないし、劇中その状況が崩れることもない。作品のテーマである恋と友情が揺れ動くだけである。
それに登場人物たちの居住地の設定は世田谷近辺となっているが、その周辺や渋谷、新宿などと、どこか特定の街が舞台ではなく、だから駅の改札とか電車に乗っているシーンも出てこない。出演者たちの移動手段は、たいてい自家用車かタクシー。おしゃれな流行スポットと豪華な自宅は瞬間移動なのである。
『抱きしめたい!』の前に同じスタッフで作った『君の瞳をタイホする!』(1988年1月~3月)も同様に恋と友情をテーマにしているが、こういった部分がじつに対照的である。公務員ゆえ薄給で万年金欠の陣内孝則は木造賃貸アパートでひもじく暮らしているのに、同僚の柳葉敏郎は実家が金持ちだから隣の高級マンションで豪華な調度品に囲まれながら優雅に暮らしていて、それを恨めしく根に持つなど、結構なまでに生活臭漂うドラマなのである。それから、渋谷という当時もいまもおしゃれな街を舞台にしつつも、そこで恋や遊びも目一杯したいのに刑事という融通の利かない仕事に追われることを哀れんだりする。浅野ゆう子なんて離婚してまだ小さい娘がいるから、恋や遊びどころじゃない(そんな生活のなかで同じ職場に転任してきた陣内とあれやこれやと展開する)。それでいて、金欠の陣内でも、子持ちの浅野でも、毎夜おしゃれなバーやレストランに赴いたり、登場人物誰もが流行の先端の、当時でいえばDCブランドの服でキメていたりして現実味がないのではあるが・・・。
来週7月9日(月)からフジテレビTWOで『君の瞳をタイホする!』超解像版放送開始
http://wwwz.fujitv.co.jp/otn/b_hp/912200164.html
こういった『君の瞳をタイホする!』の設定をブラッシュアップさせ、さらに生活臭のない、まったくもって現実感もなにもないドラマになったのが『抱きしめたい!』なのだが、面白いことに季節感は丁寧に描いている。初回放送日は7月7日の七夕。幼稚園児の集団が七夕飾りの笹を担いでいるのを見て、大人になると誰もが純真な夢や願望を持っていないのに気付いた浅野温子が思い立って仕事仲間に短冊を配るシーンを入れたりする。また、浅野温子がモデルなみの細身の身体に似合うハイセンスなファッションに対して、既に同年代のファッションリーダーとなっていた浅野ゆう子がプライベートでも御用達のセレクトショップSHIPSで揃えたアメカジ風のファッションと常に個性を別けているのに、ある回では幼なじみの設定の二人が学生時代にお揃いで作ってもらった同じ柄の浴衣を着て、昔話を肴にして夏の宵を過ごすなど、80年代の1クール単位のドラマである意味失われていたトラディショナルな描写を入れてくる。ここらへんが根はもっと文学的なものを嗜む昔ながらの山田良明であり、河毛俊作なのであろう。
さて、浅野温子と浅野ゆう子がW主演と書いたが、放送開始前はどちらかといえば、浅野温子のほうが“上”だった。というのは、浅野温子は開始前の1986年から1987年にかけて『あぶない刑事』や『パパはニュースキャスター』などのヒットドラマに出演していて知名度が抜群。一方、その頃の浅野ゆう子は女優のキャリア的には映画では添え物的な出演、テレビドラマではなんとか2時間ドラマに出られるくらいのどん底のキャリアだったのだ。だから、浅野温子のようにヒットドラマ出演も当たり役もなかった。1987年度のNHK好きなタレント調査女優部門も86位と有って無きがごとく。
『抱きしめたい!』開始時の「ザテレビジョン」と「TV life」は浅野温子単独の表紙
浅野ゆう子単独の表紙は翌年春に主演を飾る『ハートに火をつけて!』まで待たなくてはならなかった
しかし、その1987年にフジテレビの山田良明プロデューサー(当時、現・共同テレビ社長)の目に留まり、秋に放送予定だった単発の2時間ドラマ『晴海コンパニオン物語』の主役に抜擢。残念ながらこのドラマは当時お蔵入りとなってしまったが、山田は続く1988年1月から始まる月9ドラマで、トレンディドラマの始まりとなった『君の瞳をタイホする!』にヒロイン役に起用。ドラマのヒットとともに、瞬く間に浅野ゆう子の知名度も好感度もドン!と上がっていった。
「晴海コンパニオン物語」と、1987年の浅野ゆう子の価値
http://ameblo.jp/goro-chayamachi/theme-10050193386.html
先行している浅野温子に勢いよく追っていった浅野ゆう子という図式。そして放送中、というか第1回からして二人の魅力が十二分に発揮され、名実ともにW浅野として並び立った具合なのである。また、浅野ゆう子の夫であり、浅野温子の元恋人で二人の間を揺れ動くダテ男の岩城滉一は、それまでのテレビドラマ出演におけるいまいちなキャリアを払拭したし、この3人の微妙な関係に入っていくキーパーソンの石田純一は当時昇り調子の旬の兆しを見せていた頃で、この作品でいよいよブレイク。以後、トレンディドラマ定番の男優となっていく。
『抱きしめたい!』は毎回のように視聴率20%以上を記録しながら終わっていき、『君の瞳をタイホする!』同様に視聴率以上の反響を呼び込み、トレンディドラマというジャンルがこれで完全に確立され、そしてW浅野は時代の象徴となっていく。
W浅野で放送期間の1988年7月から9月に発売された赤文字女性ファッション誌すべての表紙を飾る
「浅野ゆう子に なりたい!」
浅野ゆう子はトレンディドラマの女王として名を馳せていくとともに、引き続き2時間ドラマにも精力的に出演し続けていったが、どの作品でも主演を張るようになり、また改編期や年末年始の特番時期に放送される豪華な作品に格上げになった。そう、それで2時間ドラマといえば『晴海コンパニオン物語』だ。
『君の瞳をタイホする!』に続いてのヒットということで、『抱きしめたい!』が終了した1988年秋、お蔵入りとなっていた主演の『晴海コンパニオン物語』が封印を解かれる。土曜の夕方4時という再放送の時間帯ながら、この日10月15日は改編期の週末であり、この時間帯であっても特番揃い。2時半~4時までの前時間帯には東京ディズニーランドの5周年特番を持ってきている。出演者も司会に逸見政孝とひょうきんアナの長野智子、アイドル勢に南野陽子、シブがき隊、あすか組(小高恵美、小沢なつき、石田ひかり)とゴールデンの時間帯でもやってもいいくらいの豪華さだ。
そして、W浅野の一方の浅野温子もさらに売れていくんだが、これが面白い。先述したように『抱きしめたい!』の前から売れていたのだけど、この作品の開始時の「TV life」誌のインタビューで興味深いことを語っている。デビュー以来、映画の仕事にキャリアを置いていて、フジテレビの制作のドラマはまだ二度目の出演(前年のとんねるず主演の『ギョーカイ君が行く!』が最初)だったこともあり、良い意味での違和感を語っている。それで“帰るところ”は映画かなと語りつつも、結局はその後も続々作られるトレンディドラマを始め、テレビドラマが主な活躍の場となっていく。映画はテレビドラマ版とリンクしている『あぶない刑事』シリーズの他へは現在に至るまでわずか二本しか出なくなってしまった。インタビューでは女優という本業だけでこれからも食べていきたいとも語ったことから、きっとテレビドラマに居心地の良さを感じたのだろう。
というわけで、『抱きしめたい!』のことはバブル真っ盛りの1989年春の改編期と1990年正月の二つの特番などもっと書きたいのだが、今回も長くなってしまったので、また今度!
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