安全について part1 | Au, au, aue ha!
原発再稼働、首都圏への津波、原発施設直下の活断層、
北朝鮮の挑発的言動・・・
最近のマスコミ報道をにぎわす これらの共通点は、
『安全に対する不安』です。
今日は、『安全』について、すこし気になっていることを書きます。

少し元に戻り、最近の報道の共通点、
『安全に対する不安』を、少し分解すると
①「将来、何が起こるかわからない」という
予測や予見の不確実性に対する不安と
②「安全に対する考え方の違い」という
認識のギャップがあると思っています。

私が、気になるのは、後者の方です。
安全とは、「危険がなく安心なこと。
傷病などの生命にかかわる心配、
物の盗難・破損などの心配のないこと。」と
辞書にあるように、この言葉は、
非科学的で感覚的に扱われることが
多いように思います。

原発再稼働を例にとれば、
“安全”=「100%危険でない」とのニュワンスを
もって伝えられています。
事実というより、期待感で伝えられているといった感じです。

でも、危険度ゼロなんてものは、現実には、
この世に殆ど存在しないのではないでしょうか。
重要度の高い安全は、もっと科学的に
確率で論じられるべきものです。

同じ対策を講じても、ある人は安全だといい、
ある人は危険だという原因は、
前提とするリスクの違いもあるけど、
安全と評価するものさしが、
実に曖昧だし、個々人によって、
そのものさしがバラバラだからではないでしょうか。

また、安全性の検証を求められた専門家も、
頭の中では確率的に考えていても
最後は自らの価値観やものさしで発言するから
噛み合わないのではないか。
そんなふうに感じています。
(続きは次回)