デジャブ(既視感)

 

 人間には、寿命が有ります。この世に産まれてもすぐに彼の世に行く定めの者が居ます。その者が背負った宿命であり神との約束ごととも云える と云われました。人間が産まれて生きてそして死ぬ事は、地球上に生れて来た全ての人間がたどることなのです。スーパーコンピューターを何台も連ねて計算して導き出される様な事をして選択された霊体が、生まれて来る肉体に入るとのことです。代々の家系の因縁や両親の因縁などが考察され、輪廻転生して造り出して来た因縁や業を携えて生まれて死ぬまでの運命が大方定まってこの世に生れるとの事です。それ故様々な運命を鑑定する易経や四柱推命や手相等で運命を鑑定す事が可能の様です。

 私自身の事ですが、デジャブ(既視感)な体験をかなり多くしています。大体は意識が無い睡眠中に記憶している様ですが、今見ている情景が記憶に有る情景と全く同じで不思議な感覚なのです。初めての体験が小学四年の時でした。その時以降日常ではたまに起きていましたが、体験の多くは旅行とか仕事で初めて訪れる場所で、記憶に有るのと同じ情景を既視していて、同じ日の中で此処も又此処もと云う様に景色・人の配置・着ている物・話している言葉など、全てが同じなのです。日本の中だけではなく、外国へ行っても此処もあそこも記憶に有ると、他の人に話してもほとんどの人が理解してもらえないので、一人でここに来ることになっていたのだなあと楽しんでいます。幸い私の家族全員は既視感(デジャブ)を共有できています。その既視感の事で私は想います。例えば、記憶に有る同じ車を観ている事はそこに存在していなければなりません、運転してそこに来なければなりません、その車を所有しなければなりません。そしてその車は生産されていなければなりません。生産する為の設計図が無ければなりません。設計図を考える人が居なければなりません。その人が生まれ成長し製造会社に入社していなければなりません。私の目に同じ情景が見る事が出来る様に成るのには、どの位の事が関与しなければならないのでしょうか。まさに人間の力では成し得ない事なのではないでしょうか。未来に起こる事を記憶されていたものが寸分も違わないで現実になると云う事は、既に未来で起こっている事が未来に合致するように現実が常に追いかけている様に思われます。大神様は 偶然ではなく 全て必然である と云われました。未来が決まっているならば現在の事を無視しても構わないのでしょうか。ほとんどの人は未来の事は分かりません。業や因縁からくる災いが何時生じるかも分かりません。私は2023年の10月に大腿骨骨折と云う怪我をして、病院に搬送され手術を受けて術後に病室で寝ていて、病室の窓から外を見た時です、記憶に有る同じ景色が再現されていました。起こるべき定めだったのだと自覚したのでした。私の持つ因縁・業が露わに成り一つ解消されたのではないかと思いました。人間は、因縁や業を解消するする為の行動をしなければなりません。御利益を願う事ではなく因縁や業を解消する為に、善行を積める様にと神・仏に願い祈らさせて頂く事が大切な事と思います。

 霊体がこの世から去る時に、肉体の姿が仏様の様に穏やかな優しい表情をしているのであれば、神々がその方を迎えに来られたのでしょう。真の信仰心と善行の証なのでしょう。

 嫁さんの叔父の旅立ちの為に、投稿が遅れました事お詫び申し上げます。

                            合掌

 

 此処に訪れて下さり有難うございます

 大神様のご加護が頂けます様にお祈りさせて頂きます。

 この世の全ての人間は複雑に絡み合った因縁を持っています