「揃える」ということ | 城山魂

「揃える」ということ

幼児教育では、よく「揃える」といことが言われる。靴をそろえる、列をそろえる、服装を揃えるなどなど・・・。みなさんも一度は聞いたことがあると思うし、当園でも言っている。

しかし、「何故揃える必要があるのか?」という問いに対する、あまり明確な回答を聞いたことがないので、考えてみた。


自分が考えるに・・・

人間は元々、一人では生きていくことが出来ず、ほとんどの人間が何かしらの組織に属して生きている。しかし、組織というのは複数人によって構成されているため、何かしらの方向付け(方針)が必要だ。つまり、ある程度、心や考えを揃えていくことが必要なのだと思う。


ただ、物理的に他の人の心を覗くことはできない。そこで、必要となってくるのが行動としての「揃える」なのだと思う。多くの企業が、朝礼や研修で礼の角度をそろえたり、制服を揃えたりするのにはそういった意図があるように思う。この心が揃ったことによる小さな快感を積み重ねていくことが、幼児教育における「揃える」の目的にあるように思う。


このように、「揃える」という行動には何かしらの心の状態を整える効果があると考える。この考えが合っているか、否かはわからないが、ただ漠然と保育をするのではなく、何かしら自分の中に考えを持っておくことは必要だと思う。