お笑いの基準を考えた時、それは各自の主観的問題であるという答えにたどり着く。それゆえに、他人に対して、お笑いの価値観にケチをつけるのはいかがなものかと思う。以前、私のブログに「お前は、芸人〇〇に批判をするが、お笑いとは難しい。そんなに言うならお前がやれ」というような趣旨の批判コメントを頂いた。私のブログをきちんと読んで頂ければ、私がいかにテレビやお笑いを愛し、芸人をリスペクトしているか分かるだろう。そしてお笑いの難しさを知っているからこそ、私はお笑い芸人にならず、教師をいう職業を選択したのである。
と、日曜日の朝から能書きを垂れてみた。いや~~~昨日、IPPONグランプリを視聴した。教えて欲しい・・・笑いの基準は人それぞれだ。それは分かっている。しかしながら、ザコシショウって面白いの?私は、ザコシの言った事で、1つも面白いと思ったものは無かった。彼はスベリ芸なのか?例えば、ますだおかだの「ワォ」と言うハンサムな方の岡田は完全にスベリ芸だし、本人もそれを分かっている。だから、こちらもその開き直りを込みで笑ってしまう。ザコシは、「自分はイケる」と考えているし、そしてそう思わせたのは、松本人志を中心とする芸人仲間の罪だ。ずっと昔から、アメトークなどの番組で、売れない芸人、ザコシの私生活を面白おかしく数名の芸人が話していた。確かにそういった話は面白かった。しかし、いざザコシショウがテレビに登場すると、本人の面白く無さ、そして周囲の芸人がそれを大笑いする姿に心底イライラするのだ。
昨日のIPPONグランプリも番組の最初から最後まで「本当は面白いザコシショウ」流れで進んでいった。番組内でチェアマンという位置の松本の声が音声で流れるのだが、ザコシショウの言ったことに全て大爆笑だった。その松本人志の姿に、彼の笑いの基準の凋落を感じたのである。昔なら、「そんなんおもろないわ、ボケっ」くらい言っただろう。例えば、「7文字でこいつタダモノじゃないなと思わせるようなことを言いなさい」というお題で、ザコシは、「うんぴょっぴょ」とか「ハンマカンマー」などと答えて次々IPPONを取っていくのだが、それを発表する時の勢いだけで何も面白くはない。それを松本人志は、「さすがザコシ」「ザコシはこういうの得意だから怖いですよ」と何回も言っていた。笑いのバブルである。松本人志をはじめとする芸人たちが、ザコシを面白いと言うことによって一般の視聴者は面白いと思い込む「笑いのマインドコントロール」ではないのか。笑いの基準は人それぞれだと言ったが、テレビに出る以上は、国民の半数の笑いの基準を満たす笑いであって欲しい。松本人志の笑いの基準もおかしなことになっている。博多大吉と大悟による決勝戦での一幕だ。「ボジョレーヌーボーを飲んで食レポ」というお題に対して、大吉が「貧乏人の口にも合う味です」と言ったのに対し、大悟は「冷た~い」と答えた。松本人志は両方大爆笑だった。大悟の「冷た~い」のどこが面白かった?番組中、アンガールズ田中が、「ザコシがボタンを押してスベっていたけど、その時間、俺にくれたら面白いこと言えたのに」とボヤいていたが、視聴者としても本当にそう思った。ザコシに取った時間をバカリズムや田中に割いて欲しかった。千鳥大悟はフリートークは面白いがIPPONグランプリで優勝できるほどの大喜利の力はないと思う。しかし、最近の千鳥ブームで、何か大悟の初優勝ありきの台本で番組は進行したようだ。つまんね~~。
私は夜な夜なyou tubeを見ている。まるで男子中学生のようだ。オリエンタルラジオ中田によるレクチャーを見ているのだ。文学、世界史、宗教、現代社会などその分野は多岐に渡るが、どれも分かり易いし面白いのだ。往年の松本人志ファンの私には皮肉な結果だ。松本人志が、あるいは松本人志に忖度する人物がテレビ界を牛耳ることがなければ、中田は地上波で活躍できるのだ。彼は、池上彰の後を継ぐ人物になりうるだろう。
話は変わるが、元ZOZOTOWN前澤氏の「100億円を記帳してみた」というyou tubeも見た。貧乏人の妬みかも知れないが、本当に可哀そうな人に見えた。本気で好きになってくれた剛力彩芽と別れ、彼は何に価値を求めて生きていくのだろうか。そして、誕生日にはケーキを用意して全員でハッピーバースデーを歌う、みな仲良しの会社は彼が居なくなった今、どうなっているのか下世話な私は興味がある。恋愛はイーブンだと思うが、剛力彩芽が失ったものはあまりにも大きい。100億円のうち、何億か慰謝料でやれよ、前澤! 胡散臭いと前から思っていたが、完全にメッキが剥がれ、人間としての真価が問われている最中の「100億円記帳」動画配信。推して知るべし。