世の中は10連休と浮かれまくっているが、私は平常心だ。なぜなら浮かれまくる事をするだけのお金がないからという・・・ただそれだけの理由だ。そんな訳で例年のごとく、どこの高速が大渋滞というニュースを見て、「あ~あんな渋滞に巻き込まれるくらいなら、家でテレビを見ていて良かった。」と自己正当化するためだけに、渋滞のニュースを待ち続けている。
平日の休日は、やっぱり嬉しい。カレンダー通りに労働している人間にとって、平日の休日は非日常だからだ。今朝は、NHK朝ドラ「なつぞら」をオンタイムで観た。その流れで、次に放送された「病院ラジオ」という番組を見たのだが、これが中々のコンテンツなのである。この企画を考えた人ってすごいな。そしてそのパーソナリティーとしてサンドイッチマンを選んだ審美眼もすごいな。
この病院ラジオは、放送されて何回目なのか分からないが、今回見た限りでは定期的に放送されているようだ。サンドイッチマンが、病院へ出向き、ラジオブースを設定。話したい人(闘病している本人や家族)がそのブースを訪れ、それぞれの気持ちを吐き出していき、曲のリクエストをするといった至って単純な番組だ。製作費もサンドイッチマンへのギャラくらいしか発生していなさそうだ。
今回は国立成育医療研究センターだった。紫外線に抵抗できない小学生の男の子が、UVカットの帽子、手袋、顔全体を覆うガードを身に着け登場。顔はソバカスだらけだ。彼は、学校で「どうして顔にブツブツがあるの?」と聞かれたエピソードを話した。その時は答えなかったが、親が「なんて答えるつもりだったの?」と聞くと、「これが〇〇(その子の名前)だから」と答えたそうだ。小学生にしてこの答え。人は苦しみを乗り越えて初めて成長するというが、この子がこの答えに達するまでに、親子ともどもどれだけの苦悩があったかと思うと胸が熱くなった。
ところが、その後登場した中学生の男の子。サンドイッチマンが「親に対してメッセージある?」と聞くと、「ない」と即答。そして、次に登場した17才の女の子。ここでもサンドイッチマンが「親に言いたいことは?」「日頃は照れて直接言いにくいこともあるんじゃない?」と聞くと、その女の子は、「以前は入院とか、手術とかすると好きな物を買ってくれていたけど、最近はないから、好きな物を買って欲しい。」と言った。さらに、「入院すると1日につき500円親がくれるから、バイト感覚で入院している。」と言った。さすがのサンドイッチマンも「バイト感覚で入院すんなよ」とツッコんでいたが。Eテレで放送されている「バリバラ」もそうだが、私たちは、障がいがある人や闘病している人たちに対して「感謝」「感動」を押し付けがちだ。結構な視聴者が、テレビの前でガクッとしただろう。どうだ、平成も終わろうとしているのに、「ガクッと」だなんて昭和テイストの表現!令和の波に乗り遅れるな、私。おっと、話が反れた。高校生の女の子に対しても、結構な大人なんだから、少しくらい親へ感謝の気持ちを持てよと思う気持ちもあるが、彼女たちからすれば、病院で苦しい治療に耐えることが日常であり、親の心配や愛情が自分の方向へ全て向いていることが日常である。全ての親がそういうものだと思っても当然である。闘病を支える親に対して感謝を示す子供もいれば、そうでない子供がいる方が自然である。
サンドイッチマンは、優しい・・・でも芸人だからツッコむべきところには鋭くツッコむ。そして闘病する子供たちに過剰に同情したりしない。そのバランス感覚が素晴らしい。好感度No.1の称号にふさわしいDJぶりだった。最近は、NHKに吉本芸人が数多く出演していて、裏で何かあるのでは・・・と訝ってしまうほどだ。サンドイッチマンは、吉本芸人ではないが、このキャスティングは大成功と言えるだろう。闘病する人の人間模様を聞いて、視聴者は何かを感じるはずだ、普通の感覚を持ち合わせていれば。そして、闘病生活で苦しんでいる人も、自己表現したいことはたくさんあるはずだ。それを吐き出す場所があるのはとても良い事だと思う。
時代は平成から令和へ・・・。私はこのブログでは、政治的にニュートラルを貫いている。しかしながら、現天皇、皇后両陛下が、無私の精神で国民の平和を願い続けてこられた事実を前に、「ありがとうございました」と感謝の気持ちを表さずにはいられない。20年ほど前に、天皇皇后両陛下を遠くから拝見する機会があった。どっかのおじいさんが、「天皇陛下ばんざ~い」と大声で叫ぶと、周囲も皆、その声に従い「天皇陛下ばんざ~い」と叫んだのである。その人込みの中に居た戦後生まれの私も、生まれて初めて「天皇陛下ばんざ~い」と叫んだのである。初めての経験で、まぁまぁ恥ずかしく、周囲よりかなり控えめに叫んだはずだったが、友人が撮った写真を見てビックリした。私は、全力で「天皇陛下ばんざ~い」と叫んでいたのであろう・・・大きく開けたその口の奥にぶらさがる喉チ〇コまではっきりと映っていたのであった。周囲から、「戦前かっ!」ってツッコまれたのは言うまでもない。