西城秀樹がスターとして輝き始めた時、私はまだ小学校低学年だった。確かに、新御三家と呼ばれた五郎、秀樹、ひろみとクラスの女子はそれぞれにひいきがあったのかも知れないが、私はなぜかそういった事と無縁だったように思う。小学校が終わると、自宅へ帰ってランドセルを置くと、自転車に乗り、友達と公園で待ち合わせ。公園で遊んだり、遠出をして未開の空き地で基地を作ったり・・・要するにすごくガキだったのである。とは言え、当時のスターだった彼らをテレビで見る時は、もちろんワクワクしたし、教室で「やめろっと言われても~」と歌って、秀樹の振りマネをしたことも覚えている。そして、高学年になると、兄の影響で洋楽を聞き始め、御三家からは益々遠ざかっていった。高校生になると、今度は田原俊彦、近藤真彦、野村義男からなる「たのきんトリオ」が一世を風靡した。そういった感じで、私は、西城秀樹を吟味する機会を持たなかったのである。

 

だから、今回の訃報を受け、特別なショックを受けることもなかった。ただ興味本位で、西城秀樹ってどんな感じだったっけ~くらいな調子でyou tubeで若かりし彼の動画を検索したのである。そして私は、大きなショックを受けたのだった。180センチを超える長身の彼、端正な顔立ち、抜群の歌唱力、そして何より男性のセクシーさ等、全てを兼ね備えた最強のスターだったのだ。セクシーフェロモンを振りまきながら熱唱するその動画を見て、私は、今更ながら西城秀樹に魅了されたのである。もちろん、幼い頃からテレビっ子の私は、寺内貫太郎一家も見ていた。ザ・ベストテンも見ていた。西城秀樹をずっと見ていたのに、私はなぜ彼の凄さに気付かなかったのか、自分が不甲斐ない。「親孝行したい時に親は無し」と言う。西城秀樹のファンになりたい時に西城秀樹はこの世に居なかった。小学生時代、いや中学生時代にもっとマセて性に目覚めていたら、西城秀樹のフェロモンにやられていたと思うが、当時の私は、彼のフェロモンを感じるには、あまりにも幼過ぎたのがとても悔やまれる。

 

おそらく、私と同じような人も多いのではないか。コントなどでコメディアン顔負けの芸を披露する野口五郎、松田聖子とのロマンス、独特の歌声でモノマネされる帝王の郷ひろみ、この二人のアクの強さと比較して、あまりにも正統派で爽やかな西城秀樹は逆に悪目立ちせず、ボッーっとその時代を生きていた人(つまり私のこと)は、彼の素晴らしさを享受する機会を逃してしまったのだった。

 

元々日本人は、死者に対して悪い事を言わないことを美徳としてきた。加えて今回は、人柄も素晴らしいと評価されている西城秀樹の事である。誰も彼を悪く言う人はいない。でも、言わなくていい事を言うバカはやっぱり存在する。テリー伊藤が、「西城秀樹は山口百恵からラブレターを貰ったと言っていた」とテレビで話していた。西城秀樹が自ら自慢してメディアに話すならともかく、彼が亡くなった後に彼に許可なく言うなんて。多くの日本人は山口百恵が三浦友和に対して初恋を成就させ、スターの座を捨てて幸せを掴んだと信じているのである。西城秀樹がそれほどモテたと言いたかったのだろうが、そういった話を秀樹がメディアに披露するのを望んでいたとは思えない。それにしても山口百恵がメロメロになるのも分かる。秀樹の傍でセクシーフェロモンを直接浴びたら、好きになるに決まっている。それからもう一人、樹木希林だ。秀樹の葬儀で弔辞を仕事の都合で断ったことを明かした。それって、世間に公表する必要があるかな?秀樹の遺族が誰を選んだのかを言う必要があるだろうか?あるいは、樹木希林に断られたから、野口五郎に決定したのか・・・と邪推する場合もあろう。(有名人だから複数の人が弔辞を読むのだろうが)

 

秀樹と同時代を生きてきたのに、彼がこの世を後にしてから彼のファンになった滑稽な私を笑って欲しい・・・。西城秀樹亡き後、ファンになる人が居る。それこそ真のスターの証だと言える。合掌。