R1ぐらんぷりを見た。濱田祐太郎が優勝したのは、納得だった。というのは、私は、彼が障碍を有しているか否かなど全く感じる事なく、ただ単に、盲学校あるあるネタで笑ってしまったのだ。障碍者のネタで笑ったのは、乙武洋匡氏がたまに言う「手も足も出ない」という自虐ネタ以来である。今までも障がいを持つ人が笑いに挑戦してきたのを見た事がある。でも正直言って、笑えなかった。それは、障がいが私の笑いのスイッチを切ったのではなく、ネタ自体が全く面白くなかったからだ。そうなってくると、障碍者が一生懸命に笑いを取ろうとする姿に、「笑ってあげないといけないのではないか。それがヒューマニズムというものだ」などと、健常者のえせヒューマニティが反応して、お笑いをする障碍者と健常者の間に確固としたバリアが出来てしまうのである。そうなってくると障碍者は笑いを目指さない方が、要らぬバリアを作ることもないので、かえって良いのではないかとさえ思ったものである。
しかし、そのバリアを打ち破る芸人が登場した。それが濱田祐太郎だ。確かに緊張してきたからか、若干噛み気味な面もあった。でも、ネタがよく練られており、面白かった。ネタの中の話で、教師が言った「心の目で見ろ」という言葉に対してツッコミを入れる目の見えない祐太郎。体育の時間に目が見えず、「前になれ」の時に前にいる人の背中に手が突き刺さるといったあるあるネタのオンパレード。
R1チャンピオンとなった濱田祐太郎の強みは、圧倒的にハンサムな事であろう。いわゆる美形ではないが、清潔感溢れる好青年の見かけは、視力が不自由だというハンデを補って余りあるのだ。さぁ、後は、芸人としての真の実力が問われることになる。いつまでも盲学校あるあるネタで勝負するのか?私は、しばらくはワンパターンと言われようとも、盲学校あるあるネタを続けるべきだと思う。だって祐太郎にしか出来ないネタだからである。面白いあるあるネタで、いわゆる「言葉狩り」に躍起になっている自称ヒューマニストをやっつけて欲しいのだ。障がいがあろうとなかろうとネタの面白さだけで優劣をつけるお笑いには、バリアなど存在しない。バリアフリーな世界なのだ。
不倫でお馴染みの桂文枝が、自分の持ち点を全て濱田祐太郎へ投票したのは、祐太郎への評価というより、自身の好感度アップのためであろうと視聴者に思わせるところに桂文枝のイタさが存在する。週刊誌に、ネタを暴露するような女と二度も不倫するのは、女のイタさというより、桂文枝の器の小ささゆえであろう。そして、明石家さんまのように、自分の恥部を面白おかしくネタに出来ない事も、桂文枝の度量のなさを証明している。私が桂文枝の妻なら迷わず離婚する。それは、不倫をされたからではい。週刊誌にネタを売るような女を選んだ夫に心底腹が立つからである。最後は、桂文枝の悪口となってしまった。濱田祐太郎、器の大きな芸人に成長して欲しい。