先週のアメトーク、コロコロチキチキペッパーズのナダルのクソ人間ぶりを発表する回であった。題して「ナダルアンビリバボー」、今回で2回目だ。芸人には、クズと呼ばれる芸人が何名も存在する。最近では、風刺漫才が話題となったウーマンラッシュアワーの村本、M1グランプリで優勝したとろサーモンの久保田が有名である。しかし、今述べた二人は、「無知の知」ならぬ「クズの知」とでも言おうか、自分がクズであるという自覚を持ち、あわよくば、そのクズぶりをネタにして笑いを取りたいと考える、言わば、王道の芸人である。
しかし、今回の主人公、コロチキのナダルは、自分がクズであるという自覚は全くない。そして、周囲からそう言われる事がたまらなく嫌であり、プライドが高く、芸人のくせに自分の不甲斐なさを突っ込まれるとプライドが許さない。自分が笑われたり、他人に責められくらいなら、全部、他人のせいにしてしまえと言った正真正銘のクズ人間である。
例えば、吉本新喜劇で一番人気の「茂ジイ」こと座長の辻本茂雄のカツラを勝手にかぶった事をネタにされて、サバンナ高橋、ケンドーコバヤシ、フジモンたちに責められるのだが、案の定、「黒幕は、相方の西野」だと言い張るナダル。その他も、色々な事を暴露されそうになると、大きな声で「あぁ~~~~」と叫んだり、殴りかからんばかりに話そうとする芸人の前に立ちはだかるナダル。証拠の画像をカメラへ見せようとする後輩芸人のゆりやんに対して、「ゆりやん、何が食いたい?」と話しかけ、食事で釣って話を止めようとする単細胞ぶり。
そう、ナダルの文字通り「やっべーぞ」のポイントは、自分に都合が悪くなると、大きな声を発したり、身体で止めようとしたり、誰でも分かるようなウソで言い訳をしたり、あからさまに他人へ責任を転嫁するというクソな小学生の行動そのものなのである。時には、熱があると仮病まで使う始末なのだ。そして、本人にクズである自覚が全くない事がまさに「やっべーぞ」そのものなのである。少しでもいじられて笑いを取ろうという貪欲な芸人たちの中で、ナダルの存在は異彩を放っており、ある意味、そのイジリが楽しみなのである。ナダルのあまりの自覚の無さに、「イジリ」ではなく、若干、「いじめ」に見えることも否定できない。ただ、学校のいじめと違うのは、ナダルはいじられる代償として、我々、一般人の何倍ものギャランティーを貰っているという事実である。ナダルには、このまま無自覚で居て欲しいと思う。ナダルが自分のクズを自覚したら、アメトーークのこの企画はボツになってしまうからだ。ナダルは、出川哲朗、狩野英孝、みやぞんに続くいじられ芸人となれるのか?答えは、NOだ。なぜなら、今挙げた3人は、性根が「善」であるのに対して、ナダルは性根が「悪」だからだ。だから、年に一度は、お仕置きの意味で、アメトーークには、「ナダルアンビリバボー」を放送して欲しい。でも年に一度でいい。年に一度でお腹いっぱいだ。