最近、楽しみにしている番組がある。それは、テレ朝の深夜番組「激レアさんを連れてきた」である。その名の通り、「激レアさん」と表現しているが、要は、普通でない、いや、普通でないという言葉では物足りない・・・もう〇〇ガイとも思える人たちなのである。(最近は、すぐ言葉を切り取って責められるので、まず定義しておく。ここでいう〇〇ガイは、1つの事を極めるあまり、一般人のスタンダードからかけ離れてしまった愛すべき人物たちのことである。)

 

前々回は、ドバイの石油王に気に入られて生活していた人。今回は、便意を測定する機械を開発した人と前歯を消しゴムで代用して生活する人。一般人では、想像出来ない発想と経験の持ち主たちが、その苦労も喜びも明るく話していくというものだ。まぁ、先日終了した「しくじり先生」の〇〇ガイ版である。

 

「しくじり先生」でその実力を見せつけたオードリー若林が、この番組のMCも務めている。最近の若林は、すっかりMCとして安定したようだ。若林、バカリズムの二人に共通する面白さは、決してゲストに忖度しないところにある。もうキャラとして、人見知り、人と感情が共有出来ない不完全な人間であると自ら告白し、そのキャラが成立している。したがって、彼らがMCの中で、ゲストにどんなに失礼な言葉を浴びせようが、ツッコもうが、その周囲は、「そういうキャラ」として彼らと対峙しているので、変な波風が立たないところも安定している理由だ。また、少々失礼な事を言っても、二人ともベビーフェイスで、憎めない顔をしているのも得している点だ。これが、最近吉本が売り出している「ダイアン」という漫才コンビの西澤の顔をしていたら、炎上間違いなしである。バカリズムは、野球少年であったり、武勇伝などを聞くと、ビジネス人見知り的な匂いがする。一方、若林も学生時代にアメフト部に所属したり、春日をバカにして青春をエンジョイした過去を見ると、どこまで本物の人見知りで、どこまでがキャラなのかという疑問もあるが、ただ一つ言えるのは、若林は、闇を抱えているように見えるところだ。その闇を抱えている人間が、「激レアさんを連れてきた」で、1つの事に集中するあまり、周囲が見えない人間を小ばかにして、ツッコんでいるところに面白さがあると思う。

 

「欠陥人間」を公言するMC若林は、日常で完璧を求められる、あるいは、より良いものを求める事を強いられる社会に生きている人間にとって、心地よい番組進行をしてくれるのだ。若林は、自称欠陥人間なので、番組ゲストに対して、かなり辛辣にツッコむのだが、所詮、同じ穴の狢であるということを自覚しているのか、言葉上では「絶対そんな生き方嫌だ」とか言うのだが、〇〇ガイに対して愛を感じるから、視聴者も笑ってみていられると思う。これからの世の中、益々生きづらくなるであろうから、若林の需要は増加の一途をたどると予想できる。考えてみると、長い年月を、ある意味〇〇ガイであるポンコツ春日の相方であった若林。ちょっとくらいの変わり者の相手は得意中の得意のはずだ。

 

それにしても優良コンテンツであった「しくじり先生」を終了したら、すぐにこういうコンテンツを仕掛けるテレ朝。若林というキャスティングありきの企画であろうが、それにしても攻めている感に好感を持つ。最近は、テレビ離れと言われるけど、番組が面白ければ、視聴者はついてくるものだ。この番組だけは、絶対にゴールデンへ進出してはならない。まぁ、放送コードにひっかかる人間ばっかりだけど。

 

ところで、日馬富士問題が過熱している。日本もまだまだ平和だ。相撲協会へ報告しなかった貴乃花親方へ批判が集中しているが、貴乃花親方は頭が良いと思う。(正確には、河野景子の入れ知恵だと思うけど)こんな事案を相撲協会へ報告したら最後、揉み消されるに決まっている。学校のいじめ問題でも、必ず揉み消し、メディアの知るところになって初めて、校長、教頭が頭を下げるではないか。そして、かなりの確率で、教頭は〇ゲている。三人頭を下げると、必ず一人は〇ゲている。私は、貴乃花親方の判断は正しいと思う。組織というものを理解した人の行動だ。白鵬が千秋楽で観客と共にバンザイをした。会場を盛り上げるサービス精神によるものかも知れないが、「事件の当事者の1人であるオマエがバンザイすんな!」と日本人だろうが、モンゴル人だろうが良識ある人間ならツッコんだと思う。