寒い朝、やっと起きてテレビをつけると日馬富士。一生懸命、教育に身を投じ、疲れ果てた身体(言い過ぎ)で帰宅して、テレビをつけると日馬富士。日本全国、日馬富士。朝から晩まで日馬富士。みんな、そんなに興味あるかなぁ・・・日馬富士問題。

 

今回の件の特徴は、報道に伝聞情報が多い事だ。当事者が事実をメディアに話さないので、友人の〇〇、先輩の〇〇、行きつけの店のマスター〇〇、モンゴル時代の知り合い〇〇、日馬富士のお兄さんの知り合いの〇〇・・・もう何でもアリの状態だ。そんな人たちによる、「聞いた話では・・・らしい」という情報だけしかない。そして、そんな不確かな情報をもとに、各ワイドショーのコメンテーターが自分の意見を述べている。よく、こんな不確かな状態なのに、公共の電波で私見を言えるなぁと思う。今の伝聞調の報道が、事実と全然違っていて、見当違いの意見だったら、損害賠償もんだぞ。

 

今や、和田アキ子と共に、芸能界の御意見番の坂上忍が、「横綱白鵬が説教している時に、携帯見た貴ノ岩は、やられても仕方ない。やられているだけ、まだ有り難い。自分だったら、そんな後輩ならすぐに縁を切る」という趣旨の発言をした。

この問題の問題は、(ややこしい)日馬富士の周囲が日馬富士を何とか守ろうと日馬富士に有利な情報を垂れ流していることだ。そして、メディアがこぞってそれを報道している。白鵬も「ビール瓶では殴っていない」と言った。「じゃあ、何のビンで殴ったの?」と日本国中からツッコミが入ったと思う。そして、貴ノ岩の携帯いじりなどをやり玉に挙げている。そして、今、世の中は、「なぜ、日馬富士は貴ノ岩を殴ったのか」という点に論点が置かれている。

 

言わせてもらおう。今、分かっている事実は一つ。日馬富士が貴ノ岩を殴ったと警察で自供したという事実のみだ。

 

教師が生徒を殴ったら、一発アウトだ。どんなに教師が生徒に愛情をかけようとも、それまで何年もの間、教師が生徒のために愛情を持って時間と手間をかけたとしても、たとえ教師と生徒の間に信頼関係があっても、第三者から見て、「殴った」という事実の前に、教師は首を差し出すしかないのだ。教師は本当に無力だ。私は経験がないが、荒れた学校に赴任した友人は、生徒から腹を蹴られてもじっと耐えるしかなかった。なぜなら、教師が手を出したら一発アウトだからだ。友人は、うつ病を発症し、現在も療養中だ。教育の現場は、実際はこんなもんだ。管理職も教育委員会も文科省も誰も守ってくれない。

 

つい熱くなってしまった・・・。日馬富士問題へ戻る。つまり、日馬富士の暴力も、どんなに後輩への愛情から殴ったとしてもそれが許容される時代は終わったのである。そして、さんざんそう言ってきたのは、メディア自身ではないか。教師が生徒を殴れば、裏にある事情や真実など調べずに、鬼のように当該教師をいたぶる世の中だ。そして、それを助長したのは、メディア自身なのである。それなのに、日馬富士を守るために、日馬富士が貴ノ岩を殴った正当な理由捜しに躍起になっている。あるいは、日馬富士を守りたい団体の意向通りに報道している。ダブルスタンダードではないか。

 

私が、日馬富士に関して、興味を持った点はただ一つ。日馬富士は、大相撲のみならず、西の横綱ブラックマヨネーズの吉田を上手投げで倒して、ブツブツ界の横綱としても君臨しているということだ。