私は、西日本在住だ。だから、大阪の朝日放送製作の「探偵!ナイトスクープ」を昔から見ていた。ちなみに、ナイトスクープは、NIGHTではなく、KNIGHTと綴るのが正解!視聴者の悩みや頼みをタレント(探偵)が手伝って、その願いを叶えるといういたって単純な番組だ。出演者は、昔は探偵局長として、上岡龍太郎が君臨していたが、現在は、西田敏行が務めている。関西出身でもない西田局長には、未だに違和感を覚える。
さて、今日は、CS放送で過去の番組を再放送していたのを見たのだが、是非とも政府お役人に見て欲しいと思った。お役人は、「グローバル化」という言葉に踊らされ、英語コンプレックスと一緒になり、教育現場の実態を無視して、母国語である日本語より英語をやたら重視する政策を打ち出してきた。そんなことより、探偵ナイトスクープには、グローバル化の鍵が散りばめられているのである。それは、ズバリ「関西魂」である。
今回の番組では、小学校1年から6卒業するまでの6年間、毎日、自分の大好きな電車(段ボールで作った電車)を上から被って、胸付近が電車となり、巧みに電車の音をマネして、学校の校内を走り続けた電車ヲタクの少年のラストランの話だった。まず、こんな格好で毎日学校内を走ったら、今の世の中、どうなるだろうか。まずは、イジメ問題が発生したり、理解の無いバカ教師が止めさせようと本人を叱ったり、親を呼び出したりしただろう。しかし、この少年は、そんなことにはならず、学校はもとより、街中の人々から温かく見守られながら少年期を過ごしてきたのだった。ラストランの日、街中から声援を受け、自宅から商店街、そして学校へと少年は電車を走らせた。校内では、おそらく全校生徒が集まり、彼の電車の後に、皆が手を前方の人の肩に手を置き(連結)、長い車両となり、少年のラストランに花を添えた。最後は、小学校の校長先生が、通常の卒業証書と同様に、「電車」としての卒業証書も少年に贈ったそうだ。
その次のネタは、「視聴率調査」という、この番組恒例の企画だ。間寛平が、実際に各家庭に上がりこみ、この番組を視聴しているか否かをチェックするのである。当然、深夜番組であるから、寛平のお宅訪問も11時17分以降という深夜訪問だ。東京だったら絶対に成立しない企画だが、大阪では、深夜、寛平が自宅に来ても、「うわぁ、ビックリした。寛平ちゃんや」と言いながらも、スッピンでテレビに出たり、散らかり放題のリビングへ寛平を通す。すると、一家の主の父親が出てきて、「寛平さん、なんですのん?」とまるで友人のように寛平に話しかける。
私は、上記二つの内容には、グローバル化の鍵が隠されていると思う。それは、「多様性の容認」と「ボーダーレス」である。
大阪という大都市でありながら、この大らかさを日本全国、見習いたいものである。私は、昔、英国で暮らした経験があるのだが、ロンドンの街を関西のおばちゃんたちが、大きな声の関西弁で騒いでいたことをしょっちゅう目にしていた。関西のおばちゃんは、英国人だろうが誰だろうが、関西弁で売り場を聞いたり、「安くしてや」と値切っていた。そして、結構な割合で通じていた。彼女たちの心の中には、日本人、英国人、あるいは、その他の国の人といったボーダーがない。だから、関西弁で堂々としている。なぜなら、彼女たちの母国語だからだ。縮こまる必要などない。ある意味、とても誇り高い姿勢だ。そして、なぜそういう姿勢、思考になるかと言えば、生まれながらに多様性を容認しているから、ボーダーを作り上げる必要性もないのだ。これこそが、日本がグローバル化する上で一番大切な事なのだ。英語がペラペラだって、ボーダーを作れば、真のコミュニケーションが取れるはずはない。
ひょっとしたら、東京の人は、関西魂を見習うくらいなら、日本人を止めるという輩もいるだろうが、それこそが、グローバル化を阻む日本人の変なプライドだ。島国根性を捨て、関西魂を見習えば、英語なんか、あっという間にペラペラになるだろう。政府は、日本人の英語下手を、自ら指南してきた英語教育に元凶を擦り付けてきたのであるが、その実は、英語教育だけが問題ではなく、多様性を容認せず、その変なプライドでボーダーを作り上げる日本人の島国根性こそが元凶なのである。その意味では、吉本興業が全国区に進出し、成功も失敗も笑いに昇華させる技法、すなわち関西魂を伝授するのは、悪くない事かも知れない。まぁ、私自身は、大阪に住みたくはないけど・・・・。