「生きる」
土曜日はいつも通り、自転車で横浜にある大学まで出勤。
スキー部員が自分の到着に合わせてトレーニングルームでスタンバイしていてくれたので、スキー部と一緒にスクワットを行いながら、バスケ部3年生(←バスケ部で唯一、熱心にウェイトに取り組む学生)のデッドリフトを指導。
インターバルには、3人でトレーニング理論について話しました。セットの組み方と強度の設定など、様々なことを。
自分は結局、スクワットの後、デッドリフトも行いました。(デッドリフトは、何キロぐらいを扱えば、肩への負担にならないかの実験)
日曜日は筋肉痛を引きずりながら、ボクシングジムへ。
最近、このパターンが多いです。
今年からアマチュアの試合に出ている高校1年生と話していて、「随分と変わったな」と思いました。
練習に打ち込む姿勢だけではなく、顔つきや受け答え、話す内容などもしっかりしている。特に、あの顔つきが印象的だった。
やっぱり、真剣にボクシングに打ち込んでいる人間は、色々な部分が変わります。16歳で、あの顔。
「男子三日会わざれば、刮目してみよ」と言いますが。
世の中には、高え給料と、たいそうな肩書までもらってるくせに、何も変わらないどころか、ますます酷い状態になっている奴だっているのに。
黒澤明監督の、映画「生きる」を観ました。
こちらも、あまりにも有名な映画。
自分がこの映画を観るのは、学生の時以来です。
医師から末期の胃癌であるという宣告を受けた市役所の市民課長・渡辺(志村喬さん)は、自分が死ぬまでに、市民の要望であった公園の建設を実現させようと奔走するが、その渡辺の働きかけは、助役や縄張り意識の強い役所の上司達に疎んじられ、拒絶される。
渡辺課長と一緒に、役所内のあちこちを回った渡辺の部下が、「総務課ってのは、底意地が悪い。予算が出るかどうかくらい、答えられるのに。課長は、頭に来ないんですか?」と訴える。
すると、渡辺は、「いや、わしは人を憎んでなんかいられない。わしには、そんな暇はない」と言った。
男として、この言葉が出るまでの域に到達するのは、並大抵のことではないと思いました。
