回想 | GOD SAVE THE KNUCKLE!

回想

 昨日は元ジムメイト達に久しぶりに会ったこともあり、自分の現役時代のことを少し思い返すようになりました。


本当に技術の足りない選手だったと自分でも思うし、うまくいかないことが多かったけれど、様々な人に恵まれ、後にひく怪我や後遺症が全く無い、幸せな現役時代だった。



そして今日、タイミング良く、何年か前に書いて保存しておいた文章を確認し、読み返したので、それを掲載してみようと思います。(以前に書いたことと、重複するところがありますが)


いつも応援してくれていた信頼できる人物へ、引退直後に話した内容を元に書いたもの。



・「なぜ、引退を決めたのか?」という質問に、自分は、「自分が設定していた目標を達成できたからです」と答えました。


・現役最後にしようと決めた試合の2か月前、自分の集中力はあと何試合も多くこなせるほど、もたないと実感した。


・30歳を過ぎた後でもフィジカルは伸びていたから、そこが面白くて、「なるべく長く現役を続けたい」と考えていたこともあったけれど、「自分の持っているエネルギー、集中力を小出しにして選手寿命を延ばすよりは、1試合限定、短期集中型で一気に使い切ってしまうほうが良い」と判断した。


・「この短期間だけだ」と意識して練習をすれば、強烈な負荷に耐えられるし、今までとは違う状態で試合に臨めるかもしれない。というより、そういう状態でないと勝てないだろうとも思った。


・そのやり方で、A級に上がってから自分が設定していた目標を達成できたら良いし、もし、試合までの練習で潰れたら、そこで現役を終わりにしようと考えていた。




・「現役時代に一番、印象に残ったことは?」という問いには、

「今、現役生活を振り返っての一番の思い出と言えば、2回目の眼窩底骨折の手術前です」と答えました。


・手術には、誰かが付き添うことになっていた。


・父や兄は仕事。ジムの人間は来ないから、付き添ってくれるのは母しかいない。

しかし、母は昔からリウマチで手足が不自由だ。


・両膝に人工関節を入れる手術をしてからは、かなり歩けるようになったけれど、大きい病院の敷地内を歩き続けるのは、なかなかに大変。


・母は、「気にしないでいい」と言ったけれど、手術室まで歩かせるのは忍びないので、自分の付き添いをする間は車椅子で移動してもらうことにした。


・だから、いよいよ、病室から手術室に向かうという時、点滴の針を刺した自分が左手で車椅子に乗った母を押し、同時に右手で点滴の機材がついたキャスターをゴロゴロ押しながら歩いた。


・この時、母とふたりで、「どっちが手術受けるんだか、わからないね」と言って、笑い合った。


・あの時のことが、自分の現役時代で一番の思い出だ。