お見舞い
本日は、元スパーリングパートナーの見舞いに、新橋にある慈恵医大病院まで行ってきました。
もちろん、自転車で。4号線を使うと近いです。30分くらいで着いた。
新橋にあるんで当たり前ですが、東京タワーの目の前にあります。
自分もここの病院には、現役時代に少しお世話になりました。
元スパーリングパートナーの選手は、もう本人のブログで公表しているんで書いちゃいますが、眼窩底骨折で入院しています。
彼は、今回で2回目だそうです。
1回目は左。2回目は右。(1回目の時も見舞いに行ったのを憶えている)
自分、眼窩底骨折をした仲間には今まで以上の更なる応援をしてしまう傾向があるんですが、それは、自分自身が現役時代に2回、眼窩底骨折をしているからです。
今まで、現役時代はもちろん、引退してからも一部のジムメイトにしか言ったことなかったんですが。(というか、言う必要がなかったから、言わなかった)
1回目は、初めての10回戦で元日本・東洋王者との試合が決まっていた時。
その試合前の練習で左の眼窩底骨折。
2回目は、ビ―タイトA級トーナメントに出場した時。2Rに右の眼窩底骨折。
1回目も2回目も、兄が勤める病院に入院し、全身麻酔の手術を受けた。
※今回、自分が見舞った元スパーリングパートナーの選手は、「左→右の順番で2回目!俺達、同じですね!」と言っていた。
自分も、「おおっ、そうだ、一緒だ」とか言って。
7年前、自分にとって、2回目の眼窩底骨折の診断が出た時、
「これは、ボクシングを辞めてはいけないということなんだ」と、すぐに思った。
根拠はない。
それに、「俺はラッキーだな」とも思った。
1回目は左で、2回目は右。
要するに、同じ箇所を2回続けて負傷しなかったわけだから。
1回目も2回目も、手術後、眼筋麻痺は、みるみるうちに回復した。
ただ、2回目の手術の後、(退院前)最後の診断の時、主治医の先生が、
「(ボクシングを)やってはいけないとは言えないけれど、もう、両目をやっているので折れやすくなっている。もし、次の試合でどちらかを折ったら、リスクが高くなることをわかってほしい」と告げられた。
だから、自分は数秒考えた後、
「では、良い試合の内容、うーん、KOで勝てたら、引退します」と先生に言った。
「勝っても負けても、次の試合で」
だとか、
「いつか、(判定でもなんでも)勝てたら」
ではなく、なんで、「KOで勝てたら」と考えたのかは、わからない。
たぶん、根拠や理由はなかった。
自分が決定的なことを考えたり言ったりする時には、いつも理由や根拠はないような気がする。根本がいい加減な人間だからかもしれない。
あの時、自分が言った事を果たせるまでには、だいぶ、時間がかかってしまったし、手術をしてくれた先生は、自分が言った内容なんて忘れてしまっていただろうけれど、最後の最後になんとか達成できて良かった。
それはイコール、A級に上がってから常に持ち続けていた自分にとっての目標でもあったから。
今、思えば、というか、あの頃から思っていたけれど、幸せな現役時代だった。
様々な人達に恵まれた。
話は、自分の話ばかりで脱線してしまいましたが、元スパーリングパートナーの選手は、これからも太く長く、現役を続けると思います。
それだけのエネルギーと器がある男ですから、絶対にやってくれるはずです。
男は、復活する時が一番、カッコ良い。
この考えにも、根拠はない。でも、決して、間違いじゃないはずだ。
