練習生の頃 | GOD SAVE THE KNUCKLE!

練習生の頃

 本日は、夜8時半からボクシングジムへ。


練習終了後、自分が休んでいるすぐそばで、Kトレーナーが20歳の練習生に基本の大事さとその意識づけにについての話をしていたのですが、その流れでKトレーナーが、「ねえ、リューさん、そうですよね?」といった感じで話を振ってきてくれました。


自分は、「うん、そうっすね」と全面肯定をしたものの、ただ、「うん、そうっすね」だけではアホみたいなんで、他に何か話そうかな、ということに。


ですが、ご存じの通り、自分はたいした実績もなかったですし、技術の未熟な選手でしたので、たいしたことが言えません。


こういうときは、他人の名前を借りるのが一番なので、今回もその方式を採用。


自分は、かつて同僚だった2人の選手の名を挙げて、ちょっとした話をしました。その2人は、ボクシングファンならば、誰もが知っている実力者。ベルトも巻いている。


「俺、○○と○○が練習生の頃を知っているんだけど、あの2人は練習生の頃から良い練習を徹底的にやり込んでいたと思うな。練習生の頃から」


そう言いました。「練習生の頃から」を二回繰り返して。



・「良い練習」というのは抽象的すぎる言い方ですが、おそらくそれは、

理論的には、誰もができることだけど、ほとんどの選手が避けたり、逃げたり、おろそかにしたり、気がつかなかったり、ワープしてすっ飛ばしてしまう練習のことだと、自分は考えています。


・また、その中には、「鏡に向かって構えた時、相手がどういう印象を持つか、こう打ったら相手がどういう反応をするかなどを考え、二手、三手、四手先を読みながら、タイミングや距離や手の位置やガードの位置や打ち終りの動きを修正する練習」

や、

「サンドバッグを、パンチを打ち込むだけの道具とせず、サンドバッグが2本の腕を持ち、打ち返してくる生き物だと思いながら打つ」

といった練習も、おそらく含まれるはずです。たぶん。断言できないけど。



・「誰もがやらなければいけないことを、当たり前のように、非常な集中力を持って、練習生の頃から継続してやっている選手」

そういう選手は、強大な力を身につけ、とんでもないボクサーになったりする。


・逆に、そういうことを練習生の頃からやっていなかった選手がどうなるのか。私はそれを、自身がA級ボクサーになってから気がつきました。

今まで、なんとなく感じていたことが、明確になった感じ。気がつくの、遅かったなあ。


・詳細を書くとまた長くなるんで省きますが(もうすでに、長くなってるけど)、自分は様々な経験をしていくうちに、

「練習生の頃に、重要なことをやり込んでいなかった俺の罪は重い。そういう選手(俺のことですが)は、ボクシングの神に見放されるのかもしれない」

「そして、残酷なことに、練習生の頃の練習は、どんなにあがいても戻ってこない」

そんなことも考えるようになりました。


※自分は無神論者でありますが、わかりやすい例えとして、「ボクシングの神」というのを、あえて使ったりします。



・ボクサーが試合で勝つための練習となると、試合前の追い込みを想像したりするけれど、実際には、練習生の頃から勝負の練習は始っているのだと思います。


というわけで、↑のようなことを私が言うと説得力無いので、実績のあるボクサーの誰かが言ってください。よろしく。