生身の感覚
今日は、元職場の同僚であるスタッフ達から、JBTシャツとタオルを買いに行くというおつかいを頼まれていたので、肩の治療に行った後、てくてく歩きながら、ジムまで行ってきました。
先にお金渡されていたから、早く買いにいかないかんと思って。
頼まれていたもの+友人へのプレゼント用としてJBタオルを一枚買い、任務完了。
帰りにコーヒーや日用雑貨を買い、家に着く。汗をたくさん掻いた。
なんだ、暇そうにしているな、とお思いかもしれませんが、ちゃんとに次への準備はしてます。
前々からわかっていたことですが、今の状況になってみると、やはり、自分は何もできない人間なんだな、ということを再認識します。
例えば、営業なんて仕事は逆立ちしてもできないし、事務作業は嫌いではないけれど、ワードとエクセルの扱いに関しては、商業高校の1年生達よりもできないぐらいだと思います。
語学はできないし、様々な知識もない。
というか、元々、学がない。
資格なんて、保健体育の教員免許状くらいしかない。(しかも、面倒くさくて更新していない。なんなんだ、ありゃ。バカみてえだな)
今は、力仕事も無理だ。
トレーニングジムのトレーナーだったんだから、大枠で言えば、サービス業をやっていたわけですが、ルールやマナーを守らない利用者に、「文句あんだったら、帰れ」とか平気で言っていたので、やっぱり、向いてなかったんでしょう。
というか、今、一番やりたくないのが、サービス業だ。
ただ、こういう状況になっても、「自分は惨めだな」ということは思わないです。
「自分は何も取りえがない人間だ」
「何もできない人間だ」
「働いて生きていくのが、大変な人間だ」
これを毎日、実感するということが、とても大事なことだと思えた。
しばらく、こういう感覚を忘れていた。
やっぱり、頭の中ではわかっていても、それなりに慣れた職場で、少ないながらも、それなりに稼いでいるうちに、大事な感覚が麻痺していたのかもしれません。
毎月毎月、お金を貰える状況を放棄してみて、やっと、生身の感覚が蘇る。
そして、その生身の感覚を実感すると、逆に安心してくる。
「自分がどれだけできないで、どれだけ弱い人間なのか」を受け止めて、そこからがスタートだ。たぶん、そういうことなんだろうと思う。
4年半前、足立区に引っ越してきたばかりの頃は、仕事が決まってなかったんです。
2ヶ月後に試合が決まっていたので、そこは良かったんですが、それでも、それなりに稼がないといかんということで、御徒町のデパートに行って、資材搬入の仕事をやったり、足立区の環七より外にある倉庫に行って、仕分け作業をやったりなどして、日雇いのアルバイトで食いつないでいました。
あの頃は、「オーイエー、仕事がないぜ、ベイベー」とか言いながら、朝早く電車に乗って現場に行き、夕方から練習に行っていたのですが、不思議と今のほうが、あの頃より怖くないです。