ボタン
映画「TAXI DRIVER」などの脚本を手掛けたポール・シュレイダ―は、かつて、
「物語には穴に落ちた男が這い上がるか、そのまま穴の中で死ぬかの二パターンしかない」と語った。
昨日のえすぎ会、我々は、いつものクール且つスタイリッシュな悪ふざけの一環として、某遊園地へ乗り込んだ。
遊園地と言えば、ジェットコースターだ。
我々は、1回、400円分のチケット(ボッタクリ)を購入し、乗り場入口へ。
えすぎ会メンバーの他には、人っ子一人いない。
案内したのは、若いデブの男だった。
デブは、我々の姿を見て、「え?乗んの?」といった表情をした。
まさか、平日のあの時間帯に、ジェットコースターに乗る人間が来るとは、予想だにしていなかったのだ。
デブにとっては、(勤務時間中だったにもかかわらず)働くことが意外だったのだ。
デブが、我々の座席を指定し、手荷物を置く場所を指示する。
デブが、我々の座席のストッパーを下げさせ、固定されているかどうか、確かめる。
デブが、ジェットコースタースタートのボタンを押す。
私は、デブの所作を見て、心臓が握りつぶされるような思いを味わった。
鏡を見ているかのようだったからだ。
このデブは、オレの未来なのかもしれない、と思ったのだ。
あの、恐怖。
1周、30秒ぐらいで回れるジェットコースターだ。事故など、起こりようもない。
原チャリに乗っている方が、怖いぐらいだ。
そんなジェットコースターのボタンを押すだけの仕事。
楽だ。限りなく楽だ。困難なことなど、何一つない。
人間は、楽なことをして、楽に生きられる環境に浸かると、動けなくなる。
それは、実質的な、「死」だ。
ボタンを押し続ける生き方をするか。
ボタンを押し続けることを拒否する生き方か。
穴でそのまま死ぬか。
穴から這い上がるか。
※画像は、本文とは全く関係ない、えすぎ会霞が関篇で、えすぎ氏に撮影していただいた、「貴族院と私」です。
