名月
私事でつまんない話なのですが、昨日は、お仕事が休みだったので、昼の12時に起きて、その20分後に2度寝し、午後5時に再び、目が覚めまして(怠惰な大学生か、俺は)、その後、軽く、部屋を掃除し、外出。
クリーニング屋→旧職場(用事があったので)→電器店→自宅(電器屋で購入したブツを置きに)→その後、旧職場ののスタッフからの誘いがあったので、ラーメンを食べに行ったりしておりました。
昨夜は中秋の名月で、そのあまりの見事さに、移動の最中、何度も月を眺めていたのですが、こりゃあ、じっくり観ておかないと損なのではないか、と思い、ラーメン食べに行った後、ロードワークがてら、荒川の土手まで行ってきました。夜中の12時に。
荒川の土手は、月明かりだけで、充分に走れるぐらい。こんなこと書くのは、ガラじゃないのですが、昨夜の月はあまりにも綺麗で、息を呑むほどでした。
こりゃあ、凄い、こりゃあ、凄い、と思いながら、土手のアスファルトの真ん中に座りこんで、しばし、鑑賞。
自分が、地面に座り込んで、月を鑑賞する人間だとは思っていなかったので、意外だ。
すかさず、持参したウォ—クマンで、ルイ・アームストロングの「La Vie En Rose」や「Moon River」を鑑賞。
うーむ、このウォ—クマンは、その時その時の状況のために、様々な曲が入れられている。過去の自分は、意外とファインプレーをしている。
月を眺めている最中、そういえば、夏も終わりか、今年の夏も、あまり、夏の感覚がなかったな、と思った。なんだ、こりゃ、という感想。
私は、引退した後、プロボクサーでない夏は、どんなものなのだろう、ということで、ちょっと期待している部分がありましたが、ここ引退してからの一年ちょっとは、引退後の生活のリズムというか、感覚がうまく掴めなくて、かなりぎこちない毎日だったので、去年の夏は、夏らしさがさっぱり。
今年の夏も、三ツ沢にサッカー観に行った時や、ホールに試合を観に行った時、夏らしさを感じたものの、やはり、それほど、たっぷりと夏を堪能した感はなし。
で、ひとつ、気がついたのですが、それは、現役時代の時が一番、夏を感じることができたのだ、ということです。
やっぱりそうなんだな、という感じ。
毎日毎日、水分を4リットル飲んで、5リットル分の汗を掻くような苛烈な練習をして、身体を酷使し、自転車でフラフラと家に帰っている時が、一番、夏らしかった。
夏を感じよう、と思わないで、毎日、当り前のことをしている時が、夏を感じていた。
なので、私にとっての夏は、2009年(冷夏だった)で終わっていた、ということです。めでたし、めでたし。
というわけで、今年の夏が終わるのも、なんだか、もったいない気がするけど、まあ、今日は良い月を見ることができたから、いいか、という結論を得て、帰宅。
帰りは、東京スカパラダイスオーケストラ×チバユウスケの、「カナリヤ鳴く空」を聴きながら、帰りました。
良い日だった。
クリーニング屋→旧職場(用事があったので)→電器店→自宅(電器屋で購入したブツを置きに)→その後、旧職場ののスタッフからの誘いがあったので、ラーメンを食べに行ったりしておりました。
昨夜は中秋の名月で、そのあまりの見事さに、移動の最中、何度も月を眺めていたのですが、こりゃあ、じっくり観ておかないと損なのではないか、と思い、ラーメン食べに行った後、ロードワークがてら、荒川の土手まで行ってきました。夜中の12時に。
荒川の土手は、月明かりだけで、充分に走れるぐらい。こんなこと書くのは、ガラじゃないのですが、昨夜の月はあまりにも綺麗で、息を呑むほどでした。
こりゃあ、凄い、こりゃあ、凄い、と思いながら、土手のアスファルトの真ん中に座りこんで、しばし、鑑賞。
自分が、地面に座り込んで、月を鑑賞する人間だとは思っていなかったので、意外だ。
すかさず、持参したウォ—クマンで、ルイ・アームストロングの「La Vie En Rose」や「Moon River」を鑑賞。
うーむ、このウォ—クマンは、その時その時の状況のために、様々な曲が入れられている。過去の自分は、意外とファインプレーをしている。
月を眺めている最中、そういえば、夏も終わりか、今年の夏も、あまり、夏の感覚がなかったな、と思った。なんだ、こりゃ、という感想。
私は、引退した後、プロボクサーでない夏は、どんなものなのだろう、ということで、ちょっと期待している部分がありましたが、ここ引退してからの一年ちょっとは、引退後の生活のリズムというか、感覚がうまく掴めなくて、かなりぎこちない毎日だったので、去年の夏は、夏らしさがさっぱり。
今年の夏も、三ツ沢にサッカー観に行った時や、ホールに試合を観に行った時、夏らしさを感じたものの、やはり、それほど、たっぷりと夏を堪能した感はなし。
で、ひとつ、気がついたのですが、それは、現役時代の時が一番、夏を感じることができたのだ、ということです。
やっぱりそうなんだな、という感じ。
毎日毎日、水分を4リットル飲んで、5リットル分の汗を掻くような苛烈な練習をして、身体を酷使し、自転車でフラフラと家に帰っている時が、一番、夏らしかった。
夏を感じよう、と思わないで、毎日、当り前のことをしている時が、夏を感じていた。
なので、私にとっての夏は、2009年(冷夏だった)で終わっていた、ということです。めでたし、めでたし。
というわけで、今年の夏が終わるのも、なんだか、もったいない気がするけど、まあ、今日は良い月を見ることができたから、いいか、という結論を得て、帰宅。
帰りは、東京スカパラダイスオーケストラ×チバユウスケの、「カナリヤ鳴く空」を聴きながら、帰りました。
良い日だった。