ゴリのブログ
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久しぶりの日記

久しぶりに日記を書いてみる。

最近は、地震のニュースばかりだな。被災された方は本当に大変だと思う。自分は、運よく被災から免れたわけだが、これから自分に何ができるのかを考えるべきであろう。義援金?ボランティア?節電?そのほかにもできることがあろうだろう。「やらぬ善よりやる偽善」どこかで読んだ気がするが、この言葉は好きだ。そして、これからも様々に実行していきたい。


さて、少々視点が変わるが、最近の「後出しじゃんけんでの批判」が非常にイラッとくる。散々、利用するだけ利用して、恩恵を受けるだけ受けて、現在も意識、無意識にかかわらず恩恵を受けているのに、原発に対してこうも風当たりが強いのはなぜだろう。事故が起き、それを隠ぺいするような対応、これまでの絶対安全に根拠がなかったことへの憤り、すべてが後手後手であることなど、そういうことを批判するのはわかる。と同時に、それでも何とか対応しようとする人(東電社員など)へエールを送ることも大切だろう。批判先は現場ではなく上層部へ向いているものと考えるが、原発そのものへ、「不必要」「さっさとなくせ」「もういらない」などの発言は、どうなのかと。不必要であるというなら、代替え案を出せ。なくす、いらないというなら、現在の電力供給量をどうまかなっていくきなのか。火力発電を推す声もある。ならその代わりに出る二酸化炭素などの地球温暖化という問題には目を向けないのか。自然エネルギーで賄えるという声もある。では、どれだけの面積が必要となるのか理解しての発言なのか。風力発電などで試算が出されたりしているようだが、それを建設土地が日本にあるのか。海上を推す声もあるが、ではそれに伴って発生する一定の海域制限などはどうなんだろう。おそらく、そういうことすべてに目を向けたうえで、それでも原発を批判し、自分の推す考えの優位性を示せる、あるいは示そうとするのであれば、その人は原発を批判できるだろう。ただ、何の考えもなしに、世論がそんな感じだからという便乗、あるいは原発廃止後のその先に目を向けない短絡的考えでは批判できないのではないかと思う。


ずいぶんまとまりのない、何とも独りよがりの文章になっているが、批判をするなら、それに伴って自分の考えを述べ、その先を見ることが必要と自分は考える。

就活

就活を早く終わりにしたい。始まったばかりだけど。久しぶりのブログ更新が結構なマイナス発言。まぁ、仕方ない。追い込まれてますんで。絶対に合格してやるって気持ちでいきましょう。色々と確認したいこともあるかもね。

英語

 昨日、大学の先生が海外で活動をしていた時の研究仲間の方が日本を訪問。大学の方にも顔を出していただき、講演をして頂いた。また、自分たちもその方に自分の実験について説明。しかも英語。なかなかに英語を使う機会がなく、準備には四苦八苦。はたしてどれだけ伝わったのだろう。その後の講演についても、全て英語での内容を聞くこととなっており、内容理解は全体の数パーセント程度だった気がする。英語の必要性を痛感した昨日だった。
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