「うっす!ごりおじ!」
そう大塚駅で僕を出迎えてくれたのは麻雀プロの「男澤寛太」さんだ。
ネット越しでは何度も遊んだ仲なのだが、こうして直接顔を合わせるのは初めてな訳で、元来の人見知り故、一瞬の緊張が僕に走る。
けれどこうして遊びに誘ってもらえるくらい仲良くなったのだ。
ここで変に改まり、また距離感を測り直すということは、これまでの時間を全て無碍にするということ。
それは何だか寂しい。
「寛太さんちっす!」
そんな感じで挨拶を返す。
これからの東京でのバカンス期間、沢山のまだ顔を合わせたことのない、親愛なる友人達と会うことになるだろう。
一応は初対面ということで、改めて丁寧な挨拶をするのが大人なのかもしれないが、彼らとは日々、議論の中で疑ったり信じたり、その結果吊ったり噛んだり、宇宙に追放したりされたりと、お互いの人間性を晒け出して遊んで来た仲だ。
今更畏まる必要はない。
今まで遊んで来た延長を辿って、もっと仲良くなろう。
そう思った。
その後、2人でベイビーファン御用達の三つ星レストラン、松屋で朝食を取る。
話題の中心はもちろん明日のクリスマスLIVE。
今までメンバー個人のイベントや舞台を観に行った事はあるものの、ベイビーウルフのLIVE、というかベイビーウルフのイベント自体への参加は初めてだ。
彼女達を好きになったきっかけは人狼ゲームであり、人狼ゲームを一生懸命にやっている姿や、そして回を増す事に成長していく彼女達を好きになった訳で、ファンになった当初はベイビーウルフが歌やダンスのパフォーマンスをしていることは露程も知らなかった。
重ねて言えば、それまでアイドルの歌とダンスのパフォーマンスに興味を持ったこともなかった。
けれど私立人狼アイドル学園にて、初めて彼女達のパフォーマンスを見た瞬間、僕の中で何かが変わった。
同番組の26限目で、マネージャーのしずぽんが初登場した時、こんな事を言っていた。
「ベイビーウルフのダンスお披露目を見た時、感動して号泣してしまった」
その気持ちがよく分かる。
もちろんそれまでずっと現地に足を運び、ベイビーウルフのマネージャーにまでなったしずぽんが受けた感動とは比にはならないのかもしれないが、ステージの上で人狼中とは違った輝きを放つベイビーウルフの姿を見て、僕にもぐっと込み上げて来るものがあった。
「心を掴まれる」とは言い得て妙で、その時確かにベイビーウルフのパフォーマンスにハートをがっしり鷲掴みにされた感触があったのだ。
これまでブラックミュージック一色だった僕の趣向が、今じゃ移動中は殆どベイビーウルフの楽曲をベビーローテションするまでに塗り替えられてしまった。
そして35限目の生放送にて、最新曲「My story goes on」を初めて視聴した時は衝撃が走った。
彼女達のパフォーマンス、そして楽曲の素晴らしさにポロポロと自然に涙が溢れた。
前回の4th LIVEを観に行ったファンの方達が、こぞってこの曲を絶賛していたのも頷ける。
きっとLIVEでこの曲を聴いたら、僕は泣いてしまうんだろうな。
そんな少し不安めいた確信を抱いていたので、しっかりとバッグの中にはハンカチを忍ばせて来ている。
朝っぱらから期間限定のビーフシチュー定食を平らげ、店を出る。
そして暫くして、アソビ部の本拠地であるカンタニ家に到着。
家の中を一通り案内してもらい、ふと谷さんの部屋の前に立つ。
このドアの向こうに、あの谷さんが寝ているのか。
お会いするのが楽しみだ。
寛太さんの家の中の案内を聞いている内に、今回の為に相当な準備をしてもらっていることが分かる。
この家に来た人がどれだけ快適に過ごせるか。
その為の工夫や気遣いが細部にまでされていた。
この男澤寛太とは、そういう人間なのだ。
人狼のプレイスタイルはロジック派で、自分の考えていることや意思はズバッと伝える気の強さがある。
一方で破綻した時は如何に面白く吊られるかを考えるエンタメ性もあり、きっと彼は人を楽しませる事が大好きなのだ。
怪しい人村の超新星、行田なおし氏が一番好きな人狼プレイヤーだと聞いた瞬間は驚きもしたが納得もした。
その上でこんな細やかな気配りも出来ることから、きっとこの人は人が大好きなのだろうなと思った。
人と遊ぶ中で、その人と楽しい時間を共有することが大好きなのだ。
男澤寛太という人間は、恐らくそういう人間なのだ。
一しきり案内をしてもらい、用意してもらった部屋で腰を落ち着ける。
ナレーションのサンプル撮りまであと数時間。
まだ一睡もしていないが高揚感で眠くはない。
しかし、身体は疲れていたのだろう。
同じく用意してもらっていた布団に入ると、程なくして眠りに就いた。
12月23日 11時00分
スマホのアラームで目を覚まし、身支度を整えていざ渋谷へ。
土地勘はないが、まぁ1時間半もあれば着くだろうという算段だ。
前回渋谷に来た時、迷いはしなかったものの、中々手強い駅の構造だった記憶がある。
と、思ったらものの30分程度で着いてしまった。
しかも目の前にある指定の建物がマンションにしか見えず、とてもスタジオとは思えない。
まさか、何かしらの詐欺に巻き込まれるとか?
そんな一抹の不安が過ぎり、面接を受けた会社のホームページなどを確認する。
結論、なるようになるだろうと判断し、向かいの公園の椅子に座って時間を潰すことにした。
周囲を見渡すと、手作りのお弁当を持った人達が数人、思い思いの場所で昼食を取り始めている。
あの男の人が手に持っているのは、きっと愛妻弁当なのだろうな等とぼんやり考える。
そして彼はあのお弁当を食べて、愛する家族の為に午後も仕事を頑張るのだろう。
きっとそれはとても幸せな家族の在り方の一つで、数年前に僕が諦めたものでもある。
その幸せの形を手に入れるチャンスが今までに無かった訳ではないが、どうやら僕には他人を幸せにしようという甲斐性がなかったらしい。
今僕がいるのは、夢に敗れ、色々なものを捨てたり諦めたりした結果行き着いた場所だが、最近はもしかしたらそれらが最良の選択だったのではないかとさえ思う。
それくらい今、僕は自分を楽しめている。
ベイビーウルフを好きになったことがきっかけで、気の合う仲間達にも出会えたし、夢を追って頑張る彼女達の姿を見ていたら、自分も色んな事に挑戦してみたくなった。
あと半年程で「不惑」と呼ばれる世代に突入する訳だが、まだまだ人生に惑い、模索し、それを楽しんでいたい。
もしかしたら今の僕は、青春時代の自分よりも青春しているのかもしれない。
だからこのナレーターという仕事にも全力を尽くして挑戦しようと思った。
12月23日 12時50分
マンションらしき建物の中に入り、担当者に連絡をする。
しかし、スマホから返ってくる担当者の声が、何を言っているのかさっぱり分からない。
死ぬほど滑舌が悪いのだ。
彼がどんな業務を担当しているのかは分からないが、ナレーションの仕事を管理している人間がこんなに滑舌が悪いということがあるのだろうか。
あっていいのだろうか。
やる気は万全だが不安は過ぎる。
恐らくはその場で待つようにとの指示を受ける。
もしかしたら電話越しだからなのかもと思い直し、応対してくれたその男を待つが、数分後僕の目の前に現れた男の滑舌は、やはり絶望的なものだった。
恐らくは「こちらです」と案内してくれたのであろう男の後ろを着いて歩くが、マンションらしき外観の建物は、中を歩いてみてもやはりマンションにしか見えなかった。
やがて男に案内され、その内の一室に入る。
狭い室内に、録音ブースとミキサー類やPCがあるのを確認し、少し安心する。
恐らく男は「こちらで少しお待ちください」と残し、部屋を去った。
音楽関係のスタジオに入ったことは何度かあるのだが、それに比べるとここはだいぶ狭い。
周囲を見渡すと、壁にサインがズラッと並んでいて、その面子を見て驚いた。
声優業界にさして詳しくない僕でも、大塚明夫さんや三石琴乃さんの名前は知っている。
あ、ここちゃんとしたやつだ。
緩みかけていた気がぐっと引き締まる。
時期に担当ディレクターらしき男性が部屋に入って来て挨拶を交わす。
こちらの方の滑舌はしっかりしていて安堵する。
そして原稿を一枚渡され、数分後に録音するので自分なりに読んでみて下さいと指示を受ける。
どうやらカメラのCMを意識したもののようだ。
自分なりにイメージを固め、いざ本番。
僕は表情筋が死んでおり、ぼそぼそと話してしまう癖があるので、ブースのなかで歯茎をムキッと出して頭の中で自分なりに作ったCMの映像に合わせてナレーションをする。
何パターンか撮ってお終い。
時間にしてほんの20分程だろうか。
ディレクターっぽい人の話によると、今後案件があった場合はメールにて知らせるので、どんどん応募して下さいとのこと。
ちなみにこのブログを書いている一月程経った今、その様なメールは一切来ていない。
もしかしたら一案件も果たすことなく、僕のナレーター人生は幕を下ろすのかもしれない。
けれどそれはそれで仕方ないし、やらないよりはやった方が絶対に良かったのだ。
未だに少し未来の自分でさえ何者になっているか分からないが、人生を模索していくうえでの糧になることには間違いないだろう。
12月23日 14時00分
特に寄り道することもなく、カンタニ家へ戻る。
アソビ部本拠地には沢山のボードゲームがある。
YouTubeの「麻雀プロ達のアソビ部」で使用されたものも多数あり、「これは誰々とやった回のゲームだよな」などと思い返しながら寛太さんによるゲーム紹介を聞く。
現在谷さんは仕事でおらず、2人で何かやってみようぜ、という話になり、寛太さんもまだやったことがなく、気になっていたというゲームをやってみることにした。
「禁断の島」
簡単に説明すると、海に沈み行く財宝の眠った島で、プレイヤー達は協力しながら4つの財宝を探し出し、島が完全に水没する前に脱出を目指すというもの。
ボードゲームと言えば何となく「対戦」のイメージがあり、「協力」が必要なこのゲームに実はあまりピンと来ていなかったが、実際やってみるとこれが面白い。
最初は浸水のスピードも緩やかだが「余裕だな」なんて高を括っていると、中盤くらいからどんどん島が海に沈み行動が制限されてしまう。
そして終盤になればなる程水没のスピードは増し、結果めちゃくちゃ「悔しい」タイミングでゲームオーバーになる。
恐らくそうなる様にこのゲームは作られているのだ。
ゲームスタート時からプレイヤー同士が協力して戦略を練り、且つ慎重に行動しても尚、運が良くなければクリア出来ない様にこのゲームは出来ているのだと思う。
実際今回の滞在で一番遊んだのはこのゲームで、結構どっしり構えてやるタイプのこのゲームを1日1回ペースで挑戦し、そして4度目にして遂にクリアを果たすことが出来た。
プレイヤー同士で知恵を出し合い、協力していると、ゲームクリアの成否に関わらず終わった頃には仲良くなれているのでお勧めだ。
その他は定番の「コリドール」等もやってみたが、全く歯が立たない。
やはり本業の麻雀、趣味の人狼と日常的に頭を使っている人は強いなと思った。
その後も何種類かのボドゲで遊び、寛太さんは用事があるということで家を離れ、僕は留守番をすることに。
さすがに一気に疲労が押し寄せて来て、僕は少し寝ることにした。
12月23日 23時00分
谷さんと寛太さんが帰宅。
ここで初めて谷さんに挨拶をする。
あの谷さんが目の前にいて普通に会話している、という現実になんだかソワソワする。
そして時間は結構遅いが、3人で食事も兼ねて飲みに行こうということになった。
近くの居酒屋に入り、食事と酒を頼む。
僕は酒が全く強くないのだが、気持ちが勝っているのかすいすいと入る。
めっちゃ楽しい。
目の前では谷さんと寛太さんが早速人狼の話をしている。
2人とも人狼が本当に好きなんだなと頬が緩む。
そう言えば、ご本人にも話したことがあるのだが、僕の谷さんに対する第一印象は、実は「怖い」だった。
スリアロを見始めたのが割と最近な僕だが、谷さんを初めて見たのは「ジャッジメント村」でゲイルに扮している時だった。
「人狼ジャッジメント」を全く知らなかった僕は、ゲイルがどんなキャラなのかも当然全く知らず、RPに徹するが故口数も少なく、無表情を貫く谷さんは正直怖かった。
怖かった、と言うよりは、谷さんのキャラが掴めなかったと言う方が正確だろうか。
けれど、その後その印象は直ぐに書き換えられることになる。
通称谷ダンス。
スリアロ村の役職公開時で、夜時間に谷さんが良くやる、あの奇妙なダンスだ。
それまで抱いていたイメージのギャップもあってか、めっちゃ笑った。
それと同時に何だか安心もした記憶がある。
それから百幕やバトコロを通して谷さんの人狼のプレイスタイルが好きになり、そしてアソビ部の生放送を通して、彼の人間性も好きになった。
谷さんと寛太さん。
どちらも初めて見た時のイメージと現在抱いている印象が全く異なる2人だが、2人ともとても大好きだ。
性格的には真反対で、明朗な寛太さんと柔和な谷さん。
未だ人狼についてやいのやいのと言い合う2人のやりとりを微笑ましく見ながら、きっと全く性格の違うこの2人だから意見の食い違いはあるのだろうけど、全く性格の違う2人だからこそお互いを補い合えることが沢山あるのだろうなと思った。
そして2人は人狼プレイヤーだ。
何か食い違いがあれば話し合うことが出来る。
最高の2人じゃないか。
今回のバカンス、とんとん拍子に決まり、僕は図々しくお誘いに甘えたのだけなのだが、そんな2人と一緒にお酒を飲んでいるということの非現実さに、ふと改めて我に返る時がある。
本当にありがたい。
そんな事を思いながら焼き鳥を噛み締める。
うん、うまい。
帰宅後は3人で数種類のボドゲで遊びながら、話題はやはりベイビーウルフのことに。
2人ともベイビーが好きで、アソビ部本拠地にはベイビーグッズもある。
そりゃあんなに素敵な子達と、番組は勿論、練習会でも同村する機会が多々あるのだ。
好きにならない訳がない。
あのメンバーのこんなところがいいよね、とかおじさん3人でデレデレしながらボドゲに興じる。
因みに遊んだゲームは、
「スティックスタッフ」
不安定な土台の上に色の付いたスティックを積み重ねるゲーム。スティックの設置面は、必ず同じ色の場所でなければならず、スティックが増えていくと段々不安定な形になる。お酒を飲みながらやるべきゲームではないが、お酒を飲みながらやるとめっちゃ楽しい。
「スティッキー」
アソビ部でも紹介されているゲーム。3色多数のスティックがリングを通って立っており、プレイヤーはサイコロを振って指定された色のスティックを抜いていく。残りの本数が少なくなるに連れて不安定になっていくので、慎重さが必要。お酒を飲みながらやるべきゲームではないが、お酒を飲みながらやるとめっちゃ楽しい。
楽しい時間はあっという間だ。
このまま朝まで遊びたい欲求もあったが、一旦お開きということになった。
まだまだ遊ぶ時間は沢山あるのだ。
そして明日はいよいよ「ベイビーウルフ クリスマスLIVE」。
いよいよ生ベイビーウルフと会える。
幸せ過ぎて怖いとは正にこのことだ。
高揚する気持ちを抑えつつ、布団に入る。
〜つづく〜