予備校の教師と自身の学歴が同程度だから予備校なんて下らないと思うのなら、是非とも予備校の教師と同じレベルで授業をして頂きたかった。実績という現実を直視しない、それが田舎教師どまりの分けだろう。

頭を下げ地道な経営努力を続ける職種を卑しむことなかれ、頭すらも下げられない不当の輩に勤まる職ではない。

尊敬や感謝は自発的な感情である。私が始業に下げた頭は全く形式のためのものでしかなかった。尊敬の買えない人間が一般社会へ貢献することはない。人の為は国の為、肥大した自尊心のためだけに仰々しい言葉の数を並べて飾り立てるデモシカ先生の類に所詮教育者は務まらなかった。

思い出したそれだそれだ思い出したぞ

高校なら一応進学校だからと思って一年次に骨折するまで相手に合わせないで会話してたわ

そりゃダメだわ今思えば



時系列順に出来事と考え並べんの面倒臭いな

いいかそれは別に
いや

事:高校受験期に能力差から一部人間に迫害される
心:高校に過剰な期待を寄せる(軍艦マーチなどを歌いつつ頑張る)

事:期待したものが得られなかった上、異端扱いされる
心:詰み欝やめろ迫害するなこっち来るな追求するななんだこいつら

・人とは女とは自分とは過去とは希望とは日本とは、勉強のためのシステムとは何そして自分とは?自分に悪かった点があるのか何だある分けないが究明しない限りボッチだ何なんだ
・お前らが偉そうにするから友達が減るだろうがクソ馬鹿共が

放心




自分の偏差値に合った高校を選択できなかった。それだけのお話。
今度は復学手続きの書類送って寄越してきやがったあの爺め耄碌したか

復学理由については以下「他にやりたい事があり、退学しましたが、大学に進学した方が良いと思い直したので、再入学をお願いします」を手本に書けとある。冗談じゃない人を舐めくさってる。俺がわざわざとやらされた覚えのない身の回りの世話も友人の居ないも苦にしてまで高校から浪人してまで勉強しようなどというのは何も今日明日の事情で大学に行く行かないの話ではない。人を見くびるのも大概にしないと俺が親父を見限ることになる。

出願の書類を揃えるのに電話を掛けたところ、思い込みが激しく大概気違いだと思っていた母親が商業高校というギリギリの線で資本主義の競争への理解が効いて気違いが気違いを諌めてる格好になった。

オヤジは電話で親戚の者が通った程度の低い大学の名前を口走った。耄碌したか俺をみくびっているのでなければ察するに親父は自分の学歴にコンプレックスがあるらしい。幸いか、その大学が母親の行きつけの手芸屋と同じ名前で、事情を心得ていそうな母親がおどけて口論にはならなかった。俺以前にその機会は平等に存在したこと、若年者は誰よりも劣っているわけではないこと、世の中は平等ではないこと、世襲で親父の遺産で食って行けるほどには裕福ではないこと、就職に厳しい時勢であること、資本主義が動いてることなどを全く理解してない。理解していないのでなければ或いは親類と学歴に差がつくのを気にしているのだろう。しかしその親類は東京の生まれでコネが使えた。いずれにせよコネも金もないのに学も健康も無かったら俺に何者になれという胆をしているのか。


米農家の爺さんは戦中の生まれで教育も決して高等なものを受けたわけではなかった。しかし農業も営み農閑期にはほかの仕事もして子供を3人も育て上げ、息子は大学にもやった。新聞を読み時勢も勉強し、それでもそうまでしたのはお国のため、将来のためと必死だったからではないのか!

そこへうちのボンクラクソオヤジと来たら大学だけ出て何も学んじゃいない。

俺が父親から教わったことなんぞ小学校の宿題の面倒を少々見たきり何もない。あとは小遣いを出していい顔をするばかりだった。

俺が爺さんの家に行くのは盆と正月くらいなものだが、度に箸の持ち方が悪い。炊事洗濯掃き掃除を怠たるな。教わったことは多い。それから爺さんには子供全般に大してだが、よく可愛がってくれた。金を出して遊ばせておくという意味ではなく、目元をひん曲げて可愛がってくれた。

だから俺が小さい頃に遊んだ骨董品のようなプラスチックの人形を最近になって人に呉れてしまうがいいかと聞かれたときも快く返事が出来たものだった。

あいつは何も考えてない。人の顔色を伺ってニヤニヤしてそれだけで生きてるんだ。果ては人を自分の所有物と思い上がっている。

人の世話にあって人へ迷惑をかけるようでは大人とは言えぬ。そんなもの誰が尊敬して話を聞くとでも思ったか馬鹿が。