自分が、K美とこれからどうしていきたいのか、自分でもよくわからない。
結局のところ、自分自身、恋愛体質以上に、せっくす依存性、なんだろうな、と思う。
恋人も、すごく欲しいのだけど、それと同じか、ひょっとしたらそれ以上に、セフレが居てほしいのかも。
会ったら、やっぱり、ちゃんと繋がりたいし。
そういうホンネを、「恋人が欲しい」っていうオブラートに隠して接しているものの、逢瀬を重ねるうちに滲みだしてきていて、伝わってしまってるのじゃないか..。自分も自覚していないのに、行動は出てしまっているというか。
(だから、「デリヘル代わりなら沢山」なんてコトバも掛けられてしまう)
ぶっちゃけ、セフレ欲しいというより、恋愛ごっこしたいと言う方が、最初の間口は広いので、無意識で偽装しているんだな、自分。
お互いに求めている距離感というか、譲れないところが違うのだったら、いくら身体の相性が良くても続けられないかも...とも思う。
(例えば、ある日は豪華ランチのみだったのだから、ある日は会って即ラブホとか?ぼくの中ではメリハリの付け方でしかないのだけど、人によっては「即なんて最低!」と感じてしまう訳で。ぼくのコミュ力の問題もあるし、付き合って3ヶ月、4ヶ月の「手抜き感」もあるのかも)
重くなくて、淋しい時は抱いてくれて、会ってる時(だけ)瞳をみて大好きと囁いてくれて、お互いの生活は尊重して...でも実際はセフレで上等....っていう人妻さんも居ると思うけど、K美はそうじゃなかった、そういう事。
最初は割りきれる積りで始めたけど、自分の心を守るために、どんどん好きになって(恋人と言い聞かせて)それで身体だけじゃ我慢できない..っていうように、時間とともに気持ちも変わるから。
ぼく自身、身体だけじゃないよ、と自分を欺いているのだから、相手がそう思ってしまうのも無理はない。身体だけだよっていうアプローチをしているなら、重いのはやだっていう相手が現れていた筈。
それだと、淋しいからね。
ここだから書けちゃうけど、K美とこんなゴタゴタするなら、並行して他にアプローチしておかないと気持ちが切れちゃうな、なんて不遜なことを考えてしまう。
不安定な気持ちで苦しんでるK美を、うまく解放させてあげたいけど、自分の気持ちに向き合うことになるとは思ってなかったので、戸惑っている。
結局のところ、自分自身、恋愛体質以上に、せっくす依存性、なんだろうな、と思う。
恋人も、すごく欲しいのだけど、それと同じか、ひょっとしたらそれ以上に、セフレが居てほしいのかも。
会ったら、やっぱり、ちゃんと繋がりたいし。
そういうホンネを、「恋人が欲しい」っていうオブラートに隠して接しているものの、逢瀬を重ねるうちに滲みだしてきていて、伝わってしまってるのじゃないか..。自分も自覚していないのに、行動は出てしまっているというか。
(だから、「デリヘル代わりなら沢山」なんてコトバも掛けられてしまう)
ぶっちゃけ、セフレ欲しいというより、恋愛ごっこしたいと言う方が、最初の間口は広いので、無意識で偽装しているんだな、自分。
お互いに求めている距離感というか、譲れないところが違うのだったら、いくら身体の相性が良くても続けられないかも...とも思う。
(例えば、ある日は豪華ランチのみだったのだから、ある日は会って即ラブホとか?ぼくの中ではメリハリの付け方でしかないのだけど、人によっては「即なんて最低!」と感じてしまう訳で。ぼくのコミュ力の問題もあるし、付き合って3ヶ月、4ヶ月の「手抜き感」もあるのかも)
重くなくて、淋しい時は抱いてくれて、会ってる時(だけ)瞳をみて大好きと囁いてくれて、お互いの生活は尊重して...でも実際はセフレで上等....っていう人妻さんも居ると思うけど、K美はそうじゃなかった、そういう事。
最初は割りきれる積りで始めたけど、自分の心を守るために、どんどん好きになって(恋人と言い聞かせて)それで身体だけじゃ我慢できない..っていうように、時間とともに気持ちも変わるから。
ぼく自身、身体だけじゃないよ、と自分を欺いているのだから、相手がそう思ってしまうのも無理はない。身体だけだよっていうアプローチをしているなら、重いのはやだっていう相手が現れていた筈。
それだと、淋しいからね。
ここだから書けちゃうけど、K美とこんなゴタゴタするなら、並行して他にアプローチしておかないと気持ちが切れちゃうな、なんて不遜なことを考えてしまう。
不安定な気持ちで苦しんでるK美を、うまく解放させてあげたいけど、自分の気持ちに向き合うことになるとは思ってなかったので、戸惑っている。