徒然に、相撲のことなどを書いてみたいと思う。
ちょっと、自分がわからないでいることを書いてみたい。
①ある相撲の本には、利き腕が上手の方が力が出るから左四つが普通とある。自分もそう思っていたから左四つである(子供時代のことだ)。
ところが、千代の富士が台頭した頃から右四つの人が圧倒的に多くなってきた。最近の本には、ぶつかりで右胸を出すから右四つになると書いてあった。
そこで、力士をつかまえて聞いてみると、「昔から○四つでした」と困った顔をしていた。よくわからん。
②昔、同時に大関昇進した松登と若乃花だったが、松登が陥落となった一番は若乃花が引導を渡したのではなかったか。
その時世間からは、若乃花には情け知らず!と言った声が少なからず起こっという。とすると当時はむしろ人情相撲が求められていたということにもなるが、今とはファンの気質が異なるのだろうか。わからん。
③舟橋聖一の相撲記を読んでいたら、玉錦が、今は自動車や電車が普及して荷物を持って歩かないから鍛練がされないとか言っている記事が載っていた。今の力士は駄目だ、昔はもっと鍛えていたという話はどこまで遡れるのだろうか。調べてみたくなった。
④相撲の世界で歴史上最も有名な言葉は、「未だ木鶏たりえず 双葉」でしょう(電報ですが)。あれは負けたことを言っているのか、負けたあとの動揺を恥じているのか、どちらなのかと考えています。どの本も微妙に解説していない。
⑤北の湖ー輪島、輪湖の戦いは、北の湖が立ち合い右に変わって上手を取りに行くのが定番だった。相撲に関しては天才の輪島だが、毎場所為すに任せていた。上手を取られるのがイヤではなかったからだろうが、それならば、北の湖の変化は不要だったのだろうか。
北と輪とどちらが損だったのか、考えてもよくわからん。
ま、こんな感じで。