ソウルと平壌の街の風景を大きく違って見せる一要因が大衆交通。地下鉄は両都市共にあるが、それに次ぐものはソウルではバスだが、平壌ではトロリーバスと路面電車となる。
圧倒的な自家用車、トラックなどの走行量の差。エネルギー事情。個人所有を認めない(難い)社会制度など要因は様々あるが、交通機関という要素のフィルタをかけるだけでも両都市の風景は全く違って見える。トロリーバスと路面電車が交通の中枢を担う様子は、一時期の東京を想起させる。とうの昔に東京ではトロリーバスは廃止。路面電車も都電荒川線だけになってしまったけれど。
最近、最新鋭のトロリーバスと路面電車が製造され、金正恩委員長自ら現地指導したというニュースが入って来た。写真を2枚ほど紹介する。
クーラーはついているのだろうか。屋根上が気になる。
横文字を余り使わない北朝鮮では、トロリーバスとは呼ばない。無軌道電車と呼ぶ。路面電車は軌道電車。
両方とも架線があるところしか走れないことと、出力の問題から余り速度は出さない。
バスレーンが出来たこともあって、最近のソウルのバスは大人しく走るようになった。ぼくが住んでいた2000年ごろはバスレーンもなく、バスは実に傍若無人に走っていた。何往復したかで給料が決まるらしく、ともかく運転手は早朝から深夜まで飛ばしに飛ばした。決まってバスの速度メーターは壊れていて、車体にはいくつもの傷とへこみがあり、親切な韓国人の友人は決して先頭の席には座るな、命に関わるぞと話していたが、ぼくは敢えて好んで座った。事実、何度か「死ぬ!」「死んだ!」と思った瞬間があった。宮本輝さんの「五千回の生死」に出て来る奇妙な男のように、強制的にカチカチと生死のスイッチがぼくの頭の中、異国の街で切り替わっていた。
それはまさに無軌道そのものだった。バスの運転手は何時もいらだっていた。覚せい剤をしている運転手も多いという噂も聞いた。クラクションを鳴らし、隣のバスの運転手に怒鳴り「ケーッセキ」(犬畜生)など、学校では決して習わない汚いスラングを連発していた。汗と怒りと排気ガスをソウルの街にまき散らしながらバスは走っていた。
ぼくが最後にソウルを訪れたのが2010年のことだ。2000年に500ウォンだったバス料金は10年で約2倍になってしまった。そしてバスレーンという軌道の中でそれなりに大人しく?バスは走るようになった。
異国の街で学生のころと変わらず世の中とうまく付き合えない、不安定で据わりの悪い想いをしていたぼく。空いた時間を埋めるようにぼくはバスに乗った。今も時々、無性にあのころソウルの街を疾走していた無軌道なバスに乗りたくなる。急加速と急発進、車線変更に運転手のスラングとクラクション。ふっと眠りに落ちて、目を覚まして知らない郊外の街の終点で降ろされて、近くにある商店でコーラを飲みたい。これからぼくはどこに行けばいいのかと、少し途方に暮れながら。

