今回は沖縄とは、無関係です。最初にお断りしておきます。
私の息子は、白血病に罹り、現在治療中です。
一年前、身体のいろんなところの痛みを訴えていた息子を学校近くの総合病院に連れて行きました。
それまで、近所の小児科や整形外科を受診しましたが、病名や原因がはっきりしません。
そんな整形外科で小児リウマチかも?と言われたので、リウマチ科のある総合病院に行くことにしました。
多分、待たされてから、問診と貼り薬の処方だけだろう、と予想して、2時間目の授業が終わった次の休み時間に、教室に迎えに行きました。
まぁ多分、給食までには戻れるだろうと想定して、図書室に行こうとして出てきた所を捕まえて、学校から連れ出しました。
机の上も、
ランドセルも、
何もかも、
図書室に向かって飛び出した、あの休み時間の状態のままです。
まさか、その場に戻るのに、丸12ヶ月もかかるとは思ってもいませんでした。
ゆっくりと歩いて総合病院の受付に聞くと、先ずは小児科ですね、と言われて、女性の先生の触診を受けました。
首や肩、膝などを触って、少し難しそうな表情をされています。では、血液検査をしましょう!ということで、検査室へ。
注射が怖い、痛い、やめて、と大騒ぎして、何とか終わったぁ、と廊下の待合に戻って一息ついていたら、はっきりとした動きをもって、真っ直ぐと先生が直々に呼びに来てくれました。じっと息子の顔を見ています。
どうぞ、中へ。
子供を座らせて、
「お父さん、大変な病気の可能性が高いです。」
「白血球の形が異常です。
いわゆる白血病と言われる病気と考えます。」
「数パーセントの血球に異常が見られます」
頭の中をいろんな思いが駆け巡ります。
母親にどうやって伝えよう、
とか。
親のどちらかに問題か原因があるのか?
とか。
「この病院では手に負えません。聖路加か大学病院をご紹介しますから、そちらへ行ってください。行けますか?」
あ、はい。
頭が話の流れについて行けません。
聖路加も捨てがたかったのですが、通うことを重視して大学病院にしました。
紹介状と空きベットの予約を入れてもらい、そのまま電車に乗って入院。
なぜ、罹ってしまったのか?
ぐるぐると、頭の中をよぎるのは、、、
原発事故。
東京近郊から東へはほとんど行っていないし、あまり外遊びもしていません。
なのになぜ?
4,5年前のデータでは、国内では、年間に500人前後の子供達がかかるのだそうです。
国内に1500万人の小児と分類される子供がいるので、比率で言えば、約3万人に1人、発病するらしい。
30年前であれば、死に至る病気だった様ですが、今では治験の効果が経験値として蓄えられていて、90%くらいは、寛解に至るそうだということも知りました。
残りの10%は、合併症などの他の要因が大きいそうです。
原因は、わからない。です。原発事故との関係も、有るのかもしれないですが、証拠となるデータが無いのです。
発病した個人個人が、どれだけの放射線を浴びたのか?わかりません。
浴びた放射線量を記録するフィルムバッジを付けていれば、わかったかもしれませんが、3万人にぶら下げてもらって、やっと一人が当たる確率です。
わかっている放射線だけでも、毎日空から降り注いでいます。成層圏を飛ぶ飛行機の中は、もっとたくさん浴びることができます。
素粒子に至っては、人体とか土とか関係なく、通り抜けて、宇宙の何処かに飛んでいくそうです。見たことないけど、本当かな?
血液の数値が良くなるようならば、年末には、外泊ができるかも?とのこと。
直前まですったもんだした挙句、何とかお正月は、外泊出来ることになりました。
遠くには行かないでねぇ!と言われましたが、車で200キロ離れたおばぁちゃんのお家へ行きました。
挨拶と説明を済ませてから。
地元の神社に初詣をして、おみくじを引くことになりました。
息子に
「自分で引きなさい」と
選ばせて、引いてきたおみくじを読んであげました。
小吉、
うん、いいぞ、これはいいって事だよ。
その次の瞬間、
その場で、固まりました。
病(やまい): 重いが、必ず治る
震えました。
ひさびさに。
その時の息子の顔を忘れません。
涙でよく見えなかったのですが、
チカラのこもった決意の様な、
安心を得た、というのか、シンプルに良かったと感じているのか?
生涯で何度も巡り合う事がない、
貴重な瞬間でした。
そんな息子は、先月から一年ぶりに元の学校に戻って、活き活きと楽しそうに通っています。
給食を前にして、思わず、久しぶりーっ!と
大声で叫んだそうです。
投薬はまだまだ続くし、気を抜けないですが、おみくじで言われた通りになっていると実感しています。
誰かが、知らない誰かが、見ていてくれるんですね。
恥ずかしくない生き方が、したいですね。