琉球、I(愛)ターン日記 -13ページ目

琉球、I(愛)ターン日記

なにを思ったか?単身沖縄にIターン!してしまった、オジサンの日記です。家族は、一人も乗って来ず、たった一人の生活で思ったこと、感じたこと、やったこと、などなど。

今までワープロ使ったことある?



あります。

ん?

この絵は、ワードプロセッサーですね。

つまり、専用機ですね。

私が主に使っていたのは、専用機では無いです。

NECのPC9800と言うパソコン上で、動いていた、

松という、ワープロソフトでした。




その当時のパソコンは、ゲームとワープロくらいしか

使い道がなくて、知り合いの歯医者さんが

150万円もする、パソコンを買ったのを、

羨ましいというよりは、

なんてバカな買い物をするんだろう!

と呆れていたのを覚えています。



そんな、

私は、大学の卒業論文を、

全文ワープロで印刷した、

最初の卒業生でした。





採点する教授陣たちは、

活字で出したのか?

印刷したのか?

と訝っていたそうです。





活字といえば、和文タイプです。

自分たちも、和文タイプを依頼していて、

一枚いくらの世界なのかを知っていたので、

まさか学生が、

あの分厚い卒論を、

和文タイプ屋に依頼したのか?

そんな大金を出せる訳がない!

と考えていたわけです。

卒論発表会で、私の論文を見て、

「活字じゃないけど、読みやすい!」

と、驚いたという話です。





就職しても、まだ同じような話ですが、

当時の会社の交通費精算は、3枚複写の用紙に手書き、

と決まっていました。

周りの先輩や同僚は、出先から戻ると、

カリカリと手書きで、書いていました。





こちらとしては、字が汚いのを自覚していますので、

なんとか印刷できないか?と考えて、

たまたまあった、ドットインパクトプリンターを使って、

印刷し、経理に提出していました。



こちらも、会社で初めてだったと思います。



確か、全部オンライン化されるより早く、

ドットインパクトプリンターが先に廃棄になったんだと

記憶しています。



今では当たり前ですが、一度書いた書類が

日付だけ変更すれば、再利用出来るので、

とても楽チンになったと、喜んでいました。



どうでも良い、昔話ですが、質問がそういうことですよね?



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残り100日の運勢は・・・
 
吉でした。
 
良いですね。
 
いつも大凶が出るかと、ビクビクしてしまいます。
 
 
 
神社のおみくじって、比率が大体決まっているんですって。
 
ある、一定の比率で、よくない運勢が示されるのかぁ。
 
そりゃそうでしょうよ。
 
星座、血液型、誕生日、などは母数がだいたい決まっていますもんね。
 
来月10月は、プチ出会いの季節ですね。
 
どんな人にめぐり合うのやら、
 
会社にも新しい人が来る季節ですね。
 
あ〜、これは恋愛運でしたね。
 
関係なかった。
 
とにかく、与えて与えて与えまくれば良いことがあると言うことのようで、
 
見返りを求めないで、
 
とにかく、何が何でも、
 
提供し続けることが、成功への一番の近道ですね。
 
今年はいろんな人に沢山の素敵なものをいただきました。
 
もらいすぎで反省しなければいけません。
 
相手の気持ちと言う、不安定な土台の上に、信用と言う名のブロックを
 
一つ一つ、置いていくこと。
 
それが、ちょっとした不用意な対応や、言葉の使い間違えなどで
 
がら、ガラと音を立てて崩れてしまうんですね。
 
いとも簡単に。
 
信用を貯金するなんて言いますよね。
 
通帳は、貯金されたと言う手応えさえもあまり無いので、
 
ただひたすらに、
 
ブロックを積み上げていくしか無いと言う話ですね。
 
愛も無償の愛って言いますよね。
 
見返りを求めていたら、愛では無いんでしょうね。
 
紅葉2018年ラストスパート!紅葉
あと100日でしたいことは?
 




お菓子です。お餅です。 


先日、お土産でいただきました。


名護市三原の


きくおばーの味 三原なんとぅ


です。


タイのお米.もち米粉で出来ています。


堂々と書いてあります。良いですね。


つまり、泡盛と同じ入手ルートで、製造されている訳です。


多分、過去にも、何処かで、お茶菓子やおやつで出されて食べた記憶があるのですが、


まるっきり違いました。


これは、とても柔らかいです。


食感としては、ういろうに近いのですが、


もっともっと柔らかくて、ふわふわしています。


味は、お馴染みの加工黒糖(県産)です。


何個でも行けます。やばいですね。


三原というのは、


他県の人にもお馴染みな、辺野古にも近い、名護市の東海岸にある地区です。


専門店だそうです。


賞味期間が短くて、あまり遠くには出回らないそうです。


特に作りたてはまた、格別に美味しいとの事。


これは、一度、行かないと行けませんねぇ。


今回は沖縄とは、無関係です。最初にお断りしておきます。

私の息子は、白血病に罹り、現在治療中です。

一年前、身体のいろんなところの痛みを訴えていた息子を学校近くの総合病院に連れて行きました。

それまで、近所の小児科や整形外科を受診しましたが、病名や原因がはっきりしません。

そんな整形外科で小児リウマチかも?と言われたので、リウマチ科のある総合病院に行くことにしました。

多分、待たされてから、問診と貼り薬の処方だけだろう、と予想して、2時間目の授業が終わった次の休み時間に、教室に迎えに行きました。

まぁ多分、給食までには戻れるだろうと想定して、図書室に行こうとして出てきた所を捕まえて、学校から連れ出しました。

机の上も、

ランドセルも、

何もかも、

図書室に向かって飛び出した、あの休み時間の状態のままです。

まさか、その場に戻るのに、丸12ヶ月もかかるとは思ってもいませんでした。

ゆっくりと歩いて総合病院の受付に聞くと、先ずは小児科ですね、と言われて、女性の先生の触診を受けました。

首や肩、膝などを触って、少し難しそうな表情をされています。では、血液検査をしましょう!ということで、検査室へ。

注射が怖い、痛い、やめて、と大騒ぎして、何とか終わったぁ、と廊下の待合に戻って一息ついていたら、はっきりとした動きをもって、真っ直ぐと先生が直々に呼びに来てくれました。じっと息子の顔を見ています。

どうぞ、中へ。

子供を座らせて、

「お父さん、大変な病気の可能性が高いです。」

「白血球の形が異常です。

いわゆる白血病と言われる病気と考えます。」

「数パーセントの血球に異常が見られます」

頭の中をいろんな思いが駆け巡ります。

母親にどうやって伝えよう、
とか。
親のどちらかに問題か原因があるのか?
とか。

「この病院では手に負えません。聖路加か大学病院をご紹介しますから、そちらへ行ってください。行けますか?」

あ、はい。

頭が話の流れについて行けません。

聖路加も捨てがたかったのですが、通うことを重視して大学病院にしました。

紹介状と空きベットの予約を入れてもらい、そのまま電車に乗って入院。



なぜ、罹ってしまったのか?

ぐるぐると、頭の中をよぎるのは、、、



原発事故。




東京近郊から東へはほとんど行っていないし、あまり外遊びもしていません。



なのになぜ?



4,5年前のデータでは、国内では、年間に500人前後の子供達がかかるのだそうです。

国内に1500万人の小児と分類される子供がいるので、比率で言えば、約3万人に1人、発病するらしい。

30年前であれば、死に至る病気だった様ですが、今では治験の効果が経験値として蓄えられていて、90%くらいは、寛解に至るそうだということも知りました。

残りの10%は、合併症などの他の要因が大きいそうです。

原因は、わからない。です。原発事故との関係も、有るのかもしれないですが、証拠となるデータが無いのです。

発病した個人個人が、どれだけの放射線を浴びたのか?わかりません。


浴びた放射線量を記録するフィルムバッジを付けていれば、わかったかもしれませんが、3万人にぶら下げてもらって、やっと一人が当たる確率です。

わかっている放射線だけでも、毎日空から降り注いでいます。成層圏を飛ぶ飛行機の中は、もっとたくさん浴びることができます。

素粒子に至っては、人体とか土とか関係なく、通り抜けて、宇宙の何処かに飛んでいくそうです。見たことないけど、本当かな?

血液の数値が良くなるようならば、年末には、外泊ができるかも?とのこと。


直前まですったもんだした挙句、何とかお正月は、外泊出来ることになりました。


遠くには行かないでねぇ!と言われましたが、車で200キロ離れたおばぁちゃんのお家へ行きました。

挨拶と説明を済ませてから。

地元の神社に初詣をして、おみくじを引くことになりました。


息子に

「自分で引きなさい」と

選ばせて、引いてきたおみくじを読んであげました。


小吉、

うん、いいぞ、これはいいって事だよ。


その次の瞬間、

その場で、固まりました。


病(やまい): 重いが、必ず治る


震えました。



ひさびさに。


その時の息子の顔を忘れません。

涙でよく見えなかったのですが、

チカラのこもった決意の様な、

安心を得た、というのか、シンプルに良かったと感じているのか?


生涯で何度も巡り合う事がない、

貴重な瞬間でした。







そんな息子は、先月から一年ぶりに元の学校に戻って、活き活きと楽しそうに通っています。

給食を前にして、思わず、久しぶりーっ!と

大声で叫んだそうです。


投薬はまだまだ続くし、気を抜けないですが、おみくじで言われた通りになっていると実感しています。


誰かが、知らない誰かが、見ていてくれるんですね。


恥ずかしくない生き方が、したいですね。